【論稿】代償的取戻権についての考察

(弁護士 安本侑生)

1.本稿の目的

 破産法64条は、1項で、「破産者(保全管理人が選任されている場合にあっては、保全管理人)が破産手続開始前に取戻権の目的である財産を譲り渡した場合には、当該財産について取戻権を有する者は、反対給付の請求権の移転を請求することができる。破産管財人が取戻権の目的である財産を譲り渡した場合も、同様とする。」と定め、2項において「前項の場合において、破産管財人が反対給付を受けたときは、同項の取戻権を有する者は、破産管財人が反対給付として受けた財産の給付を請求することができる。」[1]と代償的取戻権の規定を置いている。

 実務上意識して語られることも多くなかったという認識であるものの、例えば破産者が破産手続開始前に譲渡した在庫に実は所有権留保が付されていた場合には、仕入先は破産手続開始決定後であっても譲渡先に対して有する売掛金の移転を破産管財人に請求でき、且つ譲渡代金を破産管財人が受け取ったとしても、財団債権(破産法148条1項4号)として仕入先から請求を受けてしまう可能性があり、代償的取戻権が認められると財団形成に大きな影響を与えかねない[2]

 近時当職も代償的取戻権の成否が問題となった事案に触れたが、あまりなじみのない規定でもあったため、再度同様の事案に出会ったときに備え、論点等整理できればと思う。

2.代償的取戻権の要件

 第一に、代償的取戻権が成立する場面である「取戻権の目的である財産」とはどのようなものかを考えてみる。まず、取戻権が成立するのは、「破産者に属しない財産を破産財団から取り戻す権利」(破産法62条)が成立する場合であって、典型的には、所有権がそれに当てはまり、地上権、永小作権、占有権等があり、債権であっても転貸人が転貸借の終了を理由とする返還請求権にも取戻権が成立するという説も存在する(伊藤眞『破産法・民事再生法(第5版)』(2022年、有斐閣)468頁)。

 また、破産法上は、運送中の物品の売主等の取戻権(破産法63条)が定められており、目的物が買主に未達の場合であって、買主が依然代金の全額を支払っていない場合に、買主について破産手続が開始したときは、売主は目的物について取戻権を有するとされている。そのため、これらの権利の客体又は目的物となっている物が譲渡された場合には、代償的取戻権が成立しうるということになる。

 第二に、「財産を譲り渡した場合」とはどのような場合かを考えてみる。この点明確な文献は不検討ではあるものの基本的に考えられるのは、当該財産を目的物とした売買であるように思われる[3]。ここでしばし問題とされるのが、代償的取戻権の規定は、有権限による譲渡の場合にも適用されるのかという点である。盗品の売買に代表されるような、無権限者による売買に代償的取戻権の適用があることには争いがないが、例えば販売委託を受けた問屋が委託品の販売により取得した反対給付債権について、代償的取戻権が認められるかという問題が議論されている。

 第三に、代償的取戻権者が代償物である反対給付の請求権の移転や破産管財人から反対給付として受けた財産の給付を受けた場合に取戻権の客体である物の取戻権の基礎となる権利は最終的に誰が有するのかという問題である。他人に所有権があるものを売買したとしても、即時取得(民法192条)が成立しない限りは、真の所有者に所有権があると考えられる。そのため、代償的取戻権の行使と所有権に基づく物権的な返還請求権は競合関係にあるようにも見えるため、検討を要するように思われる。

 以下、第二及び第三の点について検討する。

3.委託販売の場合に代償的取戻権の規定は適用があるか。

 販売委託による物の売買は下記のようなフローにて行われるところ、問題となるのは受託者が破産した場合である。この場合買主に販売され引き渡されるまでは、委託者は所有権を有している場合が多いと考えられるから、代償的取戻権の成否が問題となる。この場合受託者は販売委託を請け負う問屋と考えられることから、問屋と代償的取戻権の枠組みで議論されてきた論点であるが、学説としては代償的取戻権を認める説と認めない説の両説が存在する。

 

 まず、認める説は委託者が所有権を有する以上は、取戻権が成立し、それが販売された場合には、代償的取戻権が成立するとする(前掲水津79頁、青竹正一『商法総則・商行為法[第3版]』(2023年、信山社)375頁)。

 一方で認めない説は、「委託販売関係が存続するかぎりは、委託者は、無条件に目的物を取り戻すことはできず、取戻権の前提要件(破産法62条)を満たしていないから、代償的取戻権も認められ」ないという(伊藤眞『破産法・民事再生法(第5版)』(2022年、有斐閣)477頁注27)。

 両説の違いは取戻権の理解に帰着すると思われる。認める説は所有権の存在をもって取戻権を認める民法上の物権と破産法上の取戻権を一致させるという考えが根底にあり、認めない説は例え所有権であったとしても取戻権となりえない場合があるという点で民法とは離れ破産法独自に「破産財団から取り戻す権利」の内容を趣向する考え方であるように思われる。

 確かに認めない説が説明するように「委託販売関係が存続するかぎり[4]は、委託者は、無条件に目的物を取り戻すことはできない」と考えると、破産していない状態で返還できなのであるから、いくら所有権といえども「破産財団から取り戻す権利」というのは難しいと考えるのも一理あるように思われる。

 一方で、あえて委託販売という形式をとり、所有権を移転していない形式を採用しているのは、不測の事態が生じた場合には所有権者として権限を行使することを想定していたからであると考えられる(反対に受託者も売れ残りのリスクを委託者に押しつけることができる。)。

 そのため、利益衡量による価値判断も一筋縄ではいかない場面であるように思われる。しかし、委託販売という形式をあえて選択したという当事者の意思を重視してみると、特に委託者側からみた利益状況は所有権留保の場合と何ら変わらないように見える。そうすると従前取戻権の成否として扱われてきた論点は実は別除権[5]の問題として扱われるべき問題ではないのかとも考えられる。もし取戻権ではなく、別除権として取り扱われる場合には、代償的取戻権は成立せず、物上代位の余地は残るものの破産管財人が反対給付を受け取った場合には、一般財産に混入し委託者は優先的な弁済を受けることはもはやできなくなると考えられる。

4.代償的取戻権と最終的な所有権の帰趨

 代償的取戻権を取戻権者が行使した場合に取戻権の客体となっている物の所有権が誰に帰属するのかについて定めた規定は存在しない。即時取得が成立した場合には、破産者から購入した第三者が所有権を有することは明らかであるが、即時取得が成立しない場合には、理論上悩ましい状態に置かれるように見える。

 もちろん結論としては、取戻権の代償物を既に受領している取戻権者の二重取りを許す必要はなく、また、破産者が破産者の財産でない取戻権の客体から利益を受けるべきでないのであるから、第三者に所有権が移転することに異論はないように思われる。しかし、問題は理論上どのような理由で第三者に移転するかである。

 また、取戻権者が自らの所有権を第三者に行使して目的物の返還を受けた場合には、どのような理屈で第三者は救済されるべきなのだろうか。破産手続開始決定前に破産者と売買契約を締結している場合には、この売買契約の義務の不履行に基づく損害賠償請求は「破産者に対し破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権」(破産法2条5項)として破産債権になると思われるため、代償的取戻権を行使された場合と比較して結論がアンバランスになるように思われる。

 この点については、検討があまり進んでいない分野であるようにも思われるため、今後検討を進めたい事項である。

5.まとめ

 以上のように、委託販売の場合に代償的取戻権の規定は適用があるかという問いについては、従前の取戻権としての構成以外にも別除権として考えることができるのではないかという視点から処理を行うことが考えられる。一方で、代償取戻権が行使された場合の最終的な所有権の帰趨については、未だ明確な結論が出ない部分でありさらなる検討を進めていきたい。


[1] 2項の反対解釈として、破産手続開始決定前に、反対給付が一般財産に混入した場合には、破産手続開始後に破産管財人が回収した場合と異なり、反対給付として受けた財産の給付を請求することはできないと考えられている(水津太郎「代償的取戻権の意義と代位の法理:責任法的代位の構造と評価」(法学研究86巻8号)38頁)。

[2] 例に挙げた場合には、動産売買の先取特権(民法311条5号)や所有権留保権に基づく物上代位等も検討・議論の余地があるように思われるが割愛する。

[3] 例えば、他人物賃貸が行われた場合に取戻権を有する真の所有者が、他人物転貸に基づき発生した賃料債権を代償的取戻権に基づき収受できるかは論点となりうるがここでは割愛する。思うに、法が取戻権者に与えた特別の保護という観点からすれば、破産者に対する不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求権が破産債権になってしまう以上は賃料債権の移転を認めるという考え方もできそうである。一方で取戻権の客体である物自体の返還は認められるのにもかかわらず、さらに賃料債権の移転まで認めるのかという部分は本文において記載した所有権に基づく物権的請求権と代償的取戻権の競合と関係して議論の余地があるように思われる。

[4]    この点破産した場合に「委託販売関係が存続」しているといえるかは、事業が停止していることを前提とすると明示的な契約の解除がされていないとしても相当怪しいといわざるを得ない。

[5]    所有権留保が倒産手続で別除権として取り扱われる点は最判平成22年6月4日民集64巻4号1107頁も参照のこと。

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