【論稿】平時のM&Aにおける倒産リスクへの対応

弁護士 名古屋 秀幸

1 はじめに

 倒産処理の場面ではない、平時の各場面においても、倒産リスクを考慮した対応を行うことは多い。本稿では、平時のM&Aにおいて、倒産リスクがどのように考慮され、契約書に反映されているか、最近の案件上の対応も含め、備忘も兼ねて記載する。

2 契約書における規定

(1) 「倒産」に言及する条項

 M&Aに関する契約書の検討に当たって、株式譲渡がM&Aにおいて最も多く利用される手法の1つであるため[1]、以下では株式譲渡契約書(Share Purchase Agreement。以下「SPA」という。)における規定を検討する。

 まず、SPA上、「倒産」という用語が用いられる条項は、多くの案件では、①定義、②解除、③表明保証、④前提条件、⑤要承諾事項に限定される[2]

(2) 定義

 多くのSPAでは、後述の解除事由及び表明保証に「倒産手続がされていないこと」を規定することになる。そのため、定義条項において、「倒産手続」又は「倒産手続等」を定義づけることになる。

 具体的な定義としては、一例として、「破産手続、再生手続、更生手続、特別清算手続その他これらに類する国内外の法的倒産手続又は事業再生ADR、特定調停その他の私的整理手続」が挙げられる[3]。私的整理手続の例示として「中小企業活性化協議会の支援手続」が明記されたり、アドバイザーによって語順が変わったりするものの、最近の案件のSPAで上記の定義と大きく異なるものは見かけない。

(3) 解除

 SPAの解除事由として、売主・買主の倒産が規定されることは多い。もっとも、会社更生の申立てに関する解除条項、民事再生の申立てを理由とする解除条項につき、それぞれその効力を否定した裁判例が存在する[4]。そのため、SPAに解除事由として売主・買主の倒産が規定されていることは一般的だが、裁判所によって条項の有効性が否定される可能性はある。

(4) 表明保証

 SPAの表明保証条項では、売主側として売主及び対象会社に関するそれぞれの表明保証、買主側として買主に関する表明保証が規定される。倒産に関する表明保証としては、「倒産手続等の不存在」が、売主、対象会社、買主にそれぞれ規定されることが一般的である[5]。シンプルな文言の例としては、「対象会社について、倒産手続等の開始又はその申立ては行われておらず、そのおそれもないこと。」が挙げられる。

 各表明保証条項は、契約交渉上双方によって多くのマークアップがされる部分であるが、そのうち「倒産手続等の不存在」は、比較的修正を受けない印象である。ただ、例えば、売主が「売主の知る限り」という限定を入れていた場合、買主側は当該文言を削除することになる。倒産手続等の不存在の表明保証に、売主の認識による限定を付すことは一般的ではないという認識であり、売主側もこだわって再度限定を入れてくることは想像しづらい。

 なお、売主の財務状況に懸念があり、株式譲渡実行後の近い将来に倒産手続が開始される可能性が否定できないような場合、その他買主として将来株式譲渡の否認リスクを特に懸念するような場合には、買主として、売主について倒産手続が開始された場合に株式譲渡取引が否認されるリスクを軽減するための表明保証を求めることがある[6]。例えば、「売主は、本契約の締結及び履行に際して、売主の債権者を害する意図を有しておらず、その他不当又は不法な意図を有していない。」という表明保証が考えられる。ただ、上記のとおりあくまで売主の財務状況に懸念がある等の場合の対応策であるためか、直近の案件でこのような否認を意識した表明保証が規定されたものは非常に少ないという印象である。

(5) 前提条件

 SPAにおいては、列挙された事項が一部でも充足されなかった場合、相手方がSPAに基づく実行(以下「クロージング」という。)[7]を行わなくてよいという、前提条件と呼ばれる条項が規定される。前提条件に、「倒産」という文言は規定されないが、「表明保証について、重要な点で真実かつ正確であること」が規定されることは多く、その場合は「倒産手続等の不存在」についても、重要な点で真実かつ正確であることが前提条件となる。

(6) 要承諾事項

 株式譲渡の案件では、SPA締結日とクロージングとの間に一定期間がおかれることが多い[8]。どの程度の期間をおくかは、買主側の資金調達、売主側の前提条件の成就、独占禁止法上の届出との関係等、案件の事情によって異なる。

 そこで、買主としては、上記の期間中、売主側に対象会社の価値を毀損するような行動をされては困るという事情がある。そこで、SPAでは、売主の義務として、クロージングまでに対象会社に一定の事項を行わせないよう、要承諾事項を規定しておくことがある。この要承諾事項の一つとして、「倒産手続等の申立て」を規定することがある。

3 表明保証保険

 SPAには、一般的に、売主又は買主に表明保証違反があった際に、その相手方に補償請求を認める補償条項が規定される。これは、主に、売主が表明保証違反をした際、買主が売主に対して補償請求を行う場面が想定されている。この買主による補償請求に関しては、買主を被保険者とし、保険会社が売主に代わって保険として支払を行う、表明保証保険が利用されることがある。近年、表明保証保険を取り扱う保険会社も増えてきており、国内企業同士のM&A取引を対象とした表明保証保険の販売件数が伸びている[9]

 表明保証保険は、保険会社が付保するか否かの判断を行うために、引受審査を行うことになる。引受審査では、基本的には各表明保証対象事項すべてについて、通常行われるべき調査(デューデリジェンス)が行われているかを確認した上で、付保するか否か(又は一部付保か)について表明保証条項ごとに判断することになる。

 もっとも、表明保証条項のうち「倒産手続等の不存在」は、売主についてはもちろん対象会社についても、法務デューデリジェンスにおいて特段調査されないことが多い。対象会社の倒産のおそれの有無等は、QAシート又はインタビューでも質問しない案件が多いと思われる。そうすると、上記の引受審査においても、特段デューデリジェンスで調査していないということをもって、付保しないと判断されるとも思われる。

 しかし、実際には、「倒産手続等の不存在」については付保対象となることが多いと思われる。これは、そもそも法務デューデリジェンスにおいて売主及び対象会社の倒産可能性について調査しないことは一般的であること、対象会社の倒産のおそれがあれば財務デューデリジェンスにおいて問題点として指摘がある可能性が高いと思われること、売主側がSPAの契約交渉の結果、「倒産手続等の不存在」という表明保証条項を受け入れたことをもって確認したとも評価可能であること等を考慮しているものと考えられる。

4 おわりに

 以上のとおり、平時のM&Aでも、契約書上は倒産リスクに対応した規定を行うことが一般的である。もっとも、実際に具体的な倒産リスクを感じているわけではないため、契約交渉上の大きなポイントにはならないという印象である。具体的なリスクがないからこそ保険会社の付保審査でも付保対象とされやすいと考えられる。ただ、当然ながら倒産が生じた場合は当事者に大きな痛手となるため、2で紹介した契約書の規定は重要である。

 もっとも、2(3)で述べたように、実際に裁判にならないと有効に機能するか不明な条項もある。実務上は一般的とされる契約書の規定が、裁判では認められない可能性があるというリスクは頭に入れておき、今後も裁判例を踏まえて実務上の対応をアップデートしていきたい。


[1] 柴田義人ほか『M&A実務の基礎(第2版)』(商事法務、2018年)4頁。

[2] 関与した案件のうち、2024年に締結された6件のSPAでは、いずれも定義、解除、表明保証の条項に「倒産」が規定されていた(なお、要承諾事項として「倒産」が規定されていたものは3件だった。)。前提条件には直接「倒産」とは規定されないことは、(5)で後述のとおりである。

[3] 戸嶋浩二ほか『M&A契約 モデル条項と解説』(商事法務、2018年)256頁。なお、記載した定義は買主側ドラフトとして紹介されたもので、売主側ドラフトとしては「又は事業再生ADR、特定調停その他の私的整理手続」を削除したものが紹介されている。この紹介のとおり、売主側がドラフト段階で倒産手続の定義から私的整理手続を省くことは十分考えられるが、マークアップ段階で私的整理手続を定義から削除することは、合理的な理由を挙げづらく、難しいと思われる。

[4] 最判昭和57年3月30日判時1039号127頁、最判平成20年12月16日判時2040号16頁。

[5] 対象会社に関する表明保証では、「倒産手続等の不存在」が規定されないこともある。私見だが、これは、①対象会社の買収検討の際に倒産手続中であれば判明するとも思われること、②倒産のおそれがある状態であれば財務デューデリジェンスにおいて問題点として指摘される可能性が高いこと、③②で指摘がないにもかかわらず倒産のおそれがある場合は、「計算書類の正確性」、「潜在債務等の不存在」、「情報開示」といった他の表明保証条項違反が発生するものと思われること、等を考慮し、「倒産手続等の不存在」を規定する必要はないと判断されているものと思われる。

[6] 藤原総一郎『M&Aの契約実務(第2版)』(中央経済社、2018年)183頁。

[7] 一般的には、売主による株式引渡し、買主による代金支払が想定される。この実行は、SPA上も「クロージング」と定義されることが多い。

[8] 藤原総一郎・前掲注6)119頁。

[9] 山本啓太・関口尊成『M&A保険入門 表明保証保険の基礎知識(改訂版)』(保険毎日新聞社、2024年)82頁

最新会員論稿

アーカイブ

PAGE TOP