【論稿】民事再生手続と利益供与

弁護士 三角 侑子

第1 はじめに

 本稿では、民事再生手続における利益供与成立の場面について検討する。

 具体的な設例として、本稿では、民事再生手続中の会社C社には、その親会社としてP社が存在するところ、P社はC社の保証債務について私的整理中であり、かつ、P社の親会社であるP2社は、C社との間で訴訟継続中である、また、C社は、これからスポンサーの支援を受けるため、会社分割を検討している(したがって、C社が会社分割を行うためには、株主であるP社が議決権を行使し賛成する必要がある。)が、P社の賛成を得られるかは必ずしも確実ではない、という場面を想定する。

 そして、上記状況を前提に、それぞれ、以下のような場合に、会社法上の利益供与(会社法120条)が成立するかどうかを検討する。

1.C社がP社に対し、配当を行う場合

2.C社がP2社との間で、係属中の訴訟の和解を行う場合

3.債権者がP社の保証債務を減免する場合

 なお、民事再生法上、会社分割は、事業譲渡や株式譲渡と異なり、代替許可(民事再生法43条1項、会社法467条1項1号~2号の2)の対象とはならない。

第2 配当と利益供与

1 設例

 本項では、今後C社が会社分割を行うことを検討しており、かつ、そのためには、株主であるP社が議決権を行使し賛成する必要があることを前提として、株主であるP社に対して、C社の民事再生手続における再生計画に基づく配当を行うことが、利益供与に該当するかを検討する。

2 検討

 会社法120条1項は、「株式会社は、何人に対しても、株主の権利、当該株式会社に係る適格旧株主の権利又は当該株式会社の最終完全親会社等の株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。以下この条において同じ。)をしてはならない。」と規定する。

 うち、「財産上の利益の供与」とは、金銭や物品といった財産的価値のある物品の譲渡だけではなく、債権、知的財産権、有価証券の譲渡、また、たとえば会社が相手方の会社に対する債務を免除する、意図的に時効消滅させるといった、相手方の消極財産を消滅させる行為も含まれるとされ、また、相当な対価を得ている場合であっても含まれる(酒巻俊雄・龍田節編「逐条解説会社法第2巻株式・1―第104条~第187条」(中央経済社、2008)〈岡田昌浩〉176頁))。したがって、民事再生手続において再生計画に基づく現金の配当を行うような場合には、「財産上の利益の供与」には該当するものと考えられる。

 なお、少数説として、対価が相当であり、かつ当該取引が会社にとり有益ないし合理的な場合には、たとえ株主の権利行使との関連性が認められるとしても本条の禁止の対象とならないと解する見解もある(上記岡田・176頁)。当該少数説に従えば、民事再生計画に基づく配当額が相当である限り、当該配当が不利益ないし不合理となる事情もないことから、「財産上の利益の供与」に該当しないという整理も可能である。

 もっとも、更に、利益供与の要件としては、「株主の権利、当該株式会社に係る適格旧株主の権利又は当該株式会社の最終完全親会社等の株主の権利の行使に関し」ての利益供与であること、すなわち、権利行使と利益供与の関連性が求められる。

 権利行使と利益供与の関連性は、権利行使に関して利益供与をする認識が会社側にあればよく、相手方との意思の疎通は要しないし、会社が依頼することも要しない。

 一方で、株主優待(鉄道会社の無料乗車券等)、株主総会出席者に対する土産、大株主懇話会の開催等の、社会通念上相当な範囲内での利益の供与は、株主の権利の行使に関するものとはいえず本条の禁止の対象外になる。

 子会社が、親会社の株主としての権利行使に影響を与える目的(たとえば親会社が子会社取締役を更迭する意向を伝えたため、これを阻止するという目的)で利益を供与するならば利益供与禁止規定に抵触することとなる。また、親子会社間の取引が通常の取引と比べて親会社にとくに有利な条件であるというような場合に利益供与の対象となるかは、社会的妥当性からの判断によることになる。(以上につき、上記岡田・177-180頁、江頭憲治郎・中村直人「論点体系 会社法 1 総則、株式会社I」(第一法規、2012)〈山田和彦〉348-349頁、大江忠「要件事実会社法(1)」(商事法務、2011)424頁)

 ここで、C社がP社の債権者に対して再生計画に基づく配当を行うことは、民事再生法に従った形で配当をすることのみが目的であることから、原則として、P社による権利行使と、利益供与の関連性があるとはいえない。もっとも、C社において、P社が再生計画下における会社分割に同意することを意図しながら再生計画を策定し、かつ当該計画に基づき配当を行ったような場合には、上記のように「権利行使に関して利益供与をする認識が会社側にあ」ったという事実は否定できないところもある。再生計画及び配当の内容が社会通念上相当であれば、権利行使と利益供与の関連性はないという整理も一応可能であるとは思われるが、再生計画が多数債権者の同意を得たこと等をもって「社会通念上相当」といえるかどうかや、C社の状況及びそこから推察される意図に鑑みて強くP社の議決権行使に向けられた利益の供与であるかどうか等が、判断の材料になるものと思われる。

第3 和解と利益供与

1 設例

 本項では、今後C社が会社分割を行うことを検討しており、かつ、そのためには、株主であるP社が議決権を行使し賛成する必要があることを前提として、C社が、P社による賛成の議決権行使を期待して、その親会社であるP2社との間で、係属中の訴訟について和解を行うことについて、利益供与に該当するかを検討する。

2 検討

 会社法120条1項は、利益供与の相手方については、「何人に対しても」と記載しており、したがって利益供与の相手方は株主に限定されない。したがって、株主であるP社に対して利益の供与を行うことのみならず、P2社に対して利益の供与を行う場合であっても、利益供与は成立しうる。

 また、「財産上の利益の供与」は、上記のとおり、金銭や物品といった財産的価値のある物品の譲渡だけではなく、債権、知的財産権、有価証券の譲渡、また、たとえば会社が相手方の会社に対する債務を免除する、意図的に時効消滅させるといった、相手方の消極財産を消滅させる行為も含まれるとされ、また、高裁判例においても、訴訟上の和解による退職金の支払いや債権放棄が利益供与に該当しうることを前提とした判断がなされている(東京高判平成29年1月31日金融・商事判例1515号16頁)。

 したがって、C社において、P社が再生計画下における会社分割に同意することを意図しながらP2社との和解を行った場合、これが利益供与に該当する可能性がある。上記第4と同様に、(和解については、裁判所の許可事項となることが見込まれるところ(民事再生法41条1項6号)、)裁判所の許可を得たことをもって「社会通念上相当」といえるかどうかや、C社の状況及びそこから推察される意図に鑑みて強くP社の議決権行使に向けられた利益の供与であるかどうか等が、判断の材料になるものと思われる。

第4 株主の保証債務の減免と利益供与

1 設例

 本項では、今後C社が会社分割を行うことを検討しており、かつ、そのためには、株主であるP社が議決権を行使し賛成する必要があることを前提として、P社の債権者が、C社がスポンサーの支援を得て会社分割を行い、再生手続を進行させることを期待して、P社の保証債務の減免を行うという場合について、利益供与に該当するかを検討する。

2 検討

 会社法120条1項は、利益供与の主体を「株式会社」としており、これは、利益供与が会社または子会社の計算(損益が帰属すること)でされる限り誰の名義でされたかを問わず該当するものの、会社又は子会社以外の者の計算でされた場合は該当しないものと解されている(田中亘「会社法 第4版」(東京大学出版会、2023)94頁)。したがって、P社の債権者がP社に対する保証債務の減免を行う場合には、一般に、C社又はその子会社の計算(損益の帰属)で行われているものとは言えないといえ、利益供与には該当しないものと考えられる。

 但し、この場合であっても、P社の債権者による保証債務の減免のため、C社が第三者に対して利益供与を行う場合(例えば、C社がP社の債権者に対して、保証債務の減免(ひいては、それによりP社が議決権の行使を行うこと)を期待して、何らかの利益を提供する場合)には、上記第2及び第3と同様に、利益供与の成立可能性がある。

第5 終わりに

 民事再生法は会社分割を代替許可の対象としていないことから、再生会社と株主とが必ずしも協働していないような場合には、再生会社が株主に対して議決権の行使を求め交渉を行う必要がある。もっとも、当該交渉に際して経済的面を考慮する場合には、上記のとおり、株主やその他の第三者との間で利益供与について問題となることに留意されたい。

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