(文責:弁護士 松永昌之)
1 デット・エクイティ・スワップ(DES)とは
デット・エクイティ・スワップ(以下「DES」といいます。)とは、株式会社の債務(デット)を株式会社の株式(エクイティ)に交換(スワップ)することいい(「債務の株式化」とも言われます。)、債権放棄などと同様に、企業の財務再構築の手法の1つとして利用され、事業再生の場面で利用される手法の1つです。DESを行うことにより、債務者の負債が純資産に変更されることにより(債権者側では資産が債権から株式に変更されます。)、債務超過が解消されるなど債務者の財務状態を健全化する手法として利用されます。
2 債務者の上場の有無とDESの利用の可否
DESは従前より事業再生の手法として利用されていますが、事業再生におけるDESの利用ケースの多くは債務者が上場会社の場合であったと思われます。これは、債務者が非上場会社の場合、M&Aが活発に行われている業種などでない限り、債権者がDESにより取得した債務者の株式を処分する(EXIT)方法が限定されてしまうことが主な理由と考えられます。債務者が非上場会社の場合、EXIT方法が限定される結果、債権者が債務者の株式を保有し続けることになり(いわゆる塩漬け)、債権者としてもDESに応じることが難しく、また、債務者(又は新たに債務者の最大株主となるスポンサー)としても債権者に株式を保有し続けられることを避けたいと考えるため、DESを行うことには相応に高いハードルがあります。
なお、事業再生ADRにおいては、2020年3月末日現在、事業再生ADRが成立したケースは56件あり、DESが行われたケースは14件、対外的に公表されていない非上場企業においてDESが行われたケースは2件にとどまるとされています(「事業再生ADRのすべて(第2版)」362頁)。中小企業再生支援協議会(現 中小企業活性化協議会)による抜本再生支援の実績では、DES案件の数は、2021年度は125件中1件、2020年度は101件中0件、2019年度は174件中1件とされています(「令和3年度に認定支援機関が実施した中小企業再生支援業務(事業引継ぎ分を除く)に関する事業評価報告書」8頁)。
債務者が非上場会社の場合であっても、債権者のEXIT方法が確保されるのであれば、DESを行うことのハードルは下がります。例えば、償還条件付DESを行い、債権者は債務者に対して償還することによりEXITするという手法は、従前より債務者が非上場会社の場合に行われています。
償還条件付DESとは、DESに際して取得条項(及び取得請求権)を付した種類株式を発行し、一定の条件が充足された後に会社が種類株式を取得(及び消却)することを予定して行うDESのことをいうとされており、その基本的考え方は以下のとおりとされています(「DES・DDSの実務(第4版)」73頁)。
- 償還条件を付することにより、株式を取得した場合の売却(回収)の困難さを解消する。
- 無議決権株式とすることにより、債権者が議決権をもつことによる債務者の抵抗感、債権者が株主責任を事実上問われるリスクを回避することが可能となる。また、銀行法・独占禁止法の5%ルールに抵触するのを回避することができる。
- 一定の場合には議決権を行使できることにし、債務者に対する監視・コントロールを図る。
- 残債務については変更契約、特約等においてコベナンツを定めることにより、債務者に対する監視・コントロールを図る。
償還条件付DESを行ったが、債務者の事業再生計画どおりの償還が実現しないような場合には、議決権付株式への転換を可能とし、その場合に債権者が債務者の株主総会の議決権の3分の2以上や過半数を取得することができる内容としておくことで、(特に債務者の主な業種がM&Aが活発な業種である場合には)第三者への株式譲渡によるEXITの可能性もありえます。但し、議決権付株式への転換を可能とする場合は、前記の銀行法・独占禁止法の5%ルールへの抵触の回避のほか、債権者の中に米国内に子会社や支店を有する銀行がある場合、米国BankHoldingCompanyAct(BHC法)上の規制に抵触しないような手当てが必要となることに留意が必要です。
このように、債務者が非上場会社の場合であっても、債権者のEXIT方法を確保する設計をすることによりDESを行うことは可能です。
3 債務者の財務状態とDESの利用の可否
自主再建型の事業再生(金融支援)の手法は大きく分けて、リスケジュール、デット・デット・スワップ(以下「DDS」といいます。)、DES、債権放棄があり(これらの手法のうちの複数を併用することも多くあります。)、一般的にはこの順序で債権者の負担が大きくなり、この中ではリスケジュールが債権者にとって最も負担が軽く、債権放棄が債権者にとって最も負担が重いものとなります。そのため、事業再生の手法としては、債務者の過剰債務を解消する手法の中で、債権者にとって負担の軽い手法を選択する余地がないかを探ることになりますが、リスケジュールやDDSでは、債務者の実質債務超過が解消されない場合には、実質債務超過部分についてDESか債権放棄を検討する必要があります。
DESか債権放棄かの選択は、「債務者事業者の企業価値を、(a)Cost method(時価純資産法)と、(b)Cash-flow method(DCF法)またはComparable method(EBITDA倍率法)とに基づいて評価し、(b)に基づいた場合の企業価値(一定のレンジの中心値等)が(a)に基づいた場合の企業価値を上回る場合に、(b)に基づいた場合の企業価値に比して過大である有利子負債につき債権放棄を依頼、(a)に基づいた場合の企業価値に比して過大である有利子負債につきDESを依頼する。」(「産業再生機構 事業再生の実践 第Ⅱ巻」48頁)とされています。これによると、DCF法などに基づく企業価値よりも有利子負債の金額が大きい場合、当該超過する部分については債権放棄を依頼することになります。
もっとも、後記のとおり、コロナ禍で窮境に陥った企業のDCF法などに基づく企業価値は、事業再生計画における想定ケース(コロナ前対比での回復率の見込み)によって大きく異なるという特徴があります。
4 コロナ禍で窮境に陥った企業におけるDESの利用の可能性
(1)コロナ禍で窮境に陥った企業の企業価値の算定
飲食業、旅行業、宿泊業などを主要な事業とする企業は、新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年から2022年まで売上が大きく落ち込み、その結果、2019年以前と比較して財務状態が大幅に悪化した企業が多くあります。一方で、2023年5月8日から、新型コロナウイルス感染症の感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)上の位置付けが5類感染症となり、これに伴い行政による行動制限の要請などの多くが解除されたことから、今後は売上が大幅に回復していく可能性があります。
前記のとおり、事業再生を検討するあたり、過剰債務を算出する過程で、債務者の企業価値を算定しますが、企業価値の算定にあたってはDCF法が使用されることが一般的です。事業会社の評価に際して最も一般的に用いられるエンタプライズDCF法では、利払前税引前営業利益(Earnings Before Interest and Taxes;EBIT)に基づき算定されたフリー・キャッシュ・フローを加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital;WACC)で現在価値へ割り引くことによって事業価値を求め、事業価値に非事業資産の時価を加算して企業価値を算定します(「企業価値評価の実務Q&A(第4版)」79頁)。そして、DCF法を適用するには、事業(再生)計画を作成し、予測損益計算書などを作成する必要があります。
コロナ禍で窮境に陥った企業の場合、予測損益計算書の作成にあたっては、コロナ以前(2019年度)の売上に対して一定の回復率を乗じて売上の予測を立てることが多いと思われます。
例えば、2019年度の売上が100億円で、2020年度から2022年度はコロナ禍で売上が30億円(コロナ前対比の回復率30%)程度に落ち込んだ企業(X社)があるとします。X社が2023年度以降の売上の予測を立てるにあたり、コロナ前対比の回復率を70%(売上70億円)と想定するか、保守的に50%(売上50億円)と想定するかによって、DFC法によるX社の企業価値は大きく変わる可能性があります。そのため、事業再生を検討するにあたっては、回復率を50%と想定した企業価値では債務超過であるが、回復率を70%と想定した企業価値では債務超過とならないという場合もあり得ます。
もっとも、DCF法による企業価値の算定に一定の幅が生じることはコロナ禍にかかわらず、一般の企業価値の算定においても同様です。従前のDESに関しても、「実DES[i]が行われるのはさまざまな理由によると考えられるが、適切と考えられる企業価値と保守的にみた場合の企業価値の差額の全部または一部につき、実DESが行われることもあろう。」(「産業再生機構 事業再生の実践 第Ⅰ巻」223頁)とされています。
(2)コロナ禍で窮境に陥った企業のDESによる事業再生
前記のとおり、2023年5月の行動制限の解除の前後頃から、各業種において回復傾向の実績が見えつつあるものの、コロナ前対比の回復率を予測することは依然として相応に困難です。
前記のX社の例で事業再生を検討する場合、回復率を50%と想定した事業再生計画を策定するか、回復率を70%と想定した事業再生計画を策定するかの判断に困難が伴います。回復率50%では債務超過あり、回復率70%では債務超過なしという場合、回復率を50%と想定した事業再生計画を策定すると債権者に対して債務超過部分の債権放棄を依頼することになり、回復率70%と想定した事業再生計画を策定すると債権者に対してリスケジュール(場合によってはDDS)を依頼するというのが基本的な対応であると考えられます。そして、債務者としては、計画未達とならないよう保守的に回復率50%として事業再生計画を策定したいと考え(もっとも、金融支援の手法が債権放棄の場合、相応に各種の責任論も厳しいものとなります。)、一方で、債権者としては、回復率70%でも相応に実現可能性があるのであれば、債権放棄を行うことは過剰支援にもなり得、まずはリスケジュールで対応して様子を見たいと考えることが想定されます。
このような場合に、債務者の考えと債権者の考えの折衷的な手法としてDESを利用することが考えられます。
すなわち、X社の事業再生計画のベースとなる回復率(ベースケース)は50%とし、これに基づき算定される過剰債務についてDESを依頼します。一方で、DESにより発行するX社の株式については前記の償還条件付DESとし、実際の回復率がベースケースよりも上振れて70%であったような場合にはDESの株式のすべてを償還するという設計にします。
このようなDESを行うことで、債務者としては、保守的な回復率に基づく事業再生計画を策定することができ(また、債権者との協議次第ですが、債権放棄の場合ほどの厳しい責任論とならない可能性もあります。)、債権者としては、債権放棄により回収不能を確定するのではなく、回収可能性が残ることになります。
もっとも、X社の例での回復率70%が実現可能性の乏しい見立てである場合、単純に債権放棄を行う時期を先延ばしするだけの結果(債権者にとっては2次ロスが生じる)になりかねず、このようなDESを検討する場合には、回復率70%が(事業再生計画のベースケースにできるほどの実現可能性はないにせよ)相応に実現可能性があるものでなければならないことに注意が必要です。また、法令上、業務が限定されている債権者についてはDESに応じることが法令上できない場合があることや、DESは債権者にとって相応の管理コストを要するものであるため、特にDESに慣れていない金融機関や支店にとっては、DESを行うことは実務上困難であることが想定されます。そのため、DESを行うにあたっては、債権者との間で相応に調整が必要となること、場合によっては(DESを行うことが困難な債権者に対しては)DESに代わる金融支援の手法を選択肢として用意しておくことなども考えられます。
参考文献
- 藤原総一郎編著「DES・DDSの実務(第4版)」(金融財政事情研究会)
- 森・濱田松本法律事務所・藤原総一郎監修「企業再生の法務(第3版)-実践的リーガルプロセスのすべて」(金融財政事情研究会)
- 事業再生実務家協会編「事業再生ADRのすべて(第2版)」(商事法務)
- 株式会社産業再生機構編著「産業再生機構 事業再生の実践」(第Ⅰ巻~第Ⅱ巻)(商事法務)
- 株式会社プルータス・コンサルティング編「企業価値評価の実務Q&A(第4版)」(中央経済社)
[i] 「産業再生機構 事業再生の実践 第Ⅰ巻」223頁以下において、DESによって発行される株式に見合う企業価値が存在する場合を「実DES」、DESによって発行される株式に見合う企業価値が存在しない場合を「空DES」と呼んでいます。
(作成日:2023年6月19日)