(文責:弁護士 小島 啓)
1 詐害行為否認とは
(1)否認権とは
否認権とは、破産手続開始決定後に、同開始決定前に行われた破産者等の行為の効力を一定の範囲で覆滅させ、破産財団に属する財産を取り戻すことを可能とする制度です。否認権は、破産法のほか民事再生法、会社更生法にも規定がありますが、その規律は基本的に同様です(以下、基本的に破産手続を念頭に説明します。)。
否認権は、大きく分けると、①債権者全体に対する債務者の責任財産を絶対的に減少させる行為(詐害行為)と②特定の債権者への弁済等の債権者平等に反する行為(偏頗行為)があります。
本論考では、基本類型である破産法160条1項1号の詐害行為否認について説明します(なお、本論考の内容はあくまで執筆者個人の見解に基づくものです。)。
(2)詐害行為否認の要件
破産法160条1項1号は「破産者が破産債権者を害することを知ってした行為。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、破産債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。」と規定しており、その要件は以下のとおりです。
① 破産債権者を害する行為(詐害行為)
② 破産者の詐害意思
③ 受益者が破産債権者を害することを知っていたこと(受益者の悪意)
このうち、上記①詐害行為の要件については、(ⅰ)債務者の責任財産を絶対的に減少させる行為であることに加え、(ⅱ)当該行為が「実質的危機時期」に行われることが必要であると解されています。この点、破産法160条1項2号の詐害行為否認と異なり、同1号には行為時期に係る要件は明記されていませんが、財産処分は、たとえ経済的均衡を欠くものであっても、本来的にはその帰属主体たる債務者の自由な意思に委ねられるものであり、財産減少行為が「破産債権者を害する」ものと評価される前提としては、債務者が債権者に対してその財産を責任財産として維持することが求められる時期にあることが必要と解されています(後掲『条解 破産法』1112-1113頁)。
ところが、この「実質的危機時期」の内容については争いがあり、何をもって「実質的危機時期」と判断するのかは実務的にもわかりにくいところかと思います。なお、訴訟における要件事実として整理すると、実質的危機時期の内容・解釈は、請求原因としての詐害行為(「債権者を害すること」)の評価根拠事実及びその抗弁としての評価障害事実の主張立証内容に影響すると考えられます。
そこで、次項では、実質的危機時期の解釈論に関する学説と関連裁判例について検討してみたいと思います。
2 否認対象行為の時期(実質的危機時期)についての要件解釈
(1)学説
詐害行為の実質的危機時期について、学説では、主に以下の見解があります(後掲『破産法体系 第Ⅱ巻』447-456頁〔垣内秀介〕)。
① 現に債務超過が発生しているか、当該行為によって債務超過となる状態にある場合に限って有害性が認められるとする説(第1説)
② 支払不能若しくは債務超過状態が既に発生し、又は発生することが確実に予測される時期であれば足りるとする説(第2説)
③ 専ら支払不能に着目しつつ、支払不能が既に発生し、又は発生することが確実に予測される時期を要求する説(第3説)
④ 債務超過が必要であるとしつつ、更に、支払不能又は倒産処理手続開始申立てが確実に予測される状態であったことが要求されるとする説(第4説)
これらの主たる対立軸は、(ⅰ)資力悪化の指標を債務超過と支払不能のいずれとするか、(ⅱ)その発生時期を現在に限るか、又は、近接した将来を含むかという点にあり、有害性の内容(財産減少行為の有害性をいかなる状況下での財産処分に対して見出すか等)、否認対象行為に対する予測可能性と否認による逸出財産回復の可能性とのバランス等をどのよう捉えるかがポイントになるものと考えられます(後掲『破産法体系 第Ⅱ巻』447-451頁〔垣内秀介〕参照)。
なお、上記の「債務超過」・「支払不能」は、破産開始原因(破産法15条1項、16条1項)と同概念と解されますので、いずれの概念を資力悪化の指標とするかによって、弁済期未到来の負債を考慮するか、債務者の財産以外に信用・労務等を考慮するか等が異なり、実質的危機時期の認定・判断の基礎とする事情も異なり得ると思われます。また、「債務超過」を指標とする場合でも、資産の評価方法として継続事業価値と清算価値のいずれを基準とすべきかについても見解の対立があります(後掲『条解 破産法』130頁、後掲『倒産法全書〔第2版〕(上)』472頁)。
(2)裁判例に関する若干の検討
上記(1)のとおり実質的危機時期の内容については学説上も確立した見解はないものと考えられますが、裁判例上も判断枠組みが確立した状況にはないと考えられます。
仮に上記第2説ないし第4説のように「確実に予測される時期」まで実質的危機時期に取り込む場合、いかなる事情をもって「確実」と認められるのかは明らかでなく、行為の予測可能性・取引の安全を阻害するおそれがあるという側面は否定できないと考えられます。この点につき、後掲『破産法体系 第Ⅱ巻』451頁〔垣内秀介〕は、「現に債務超過が発生していない段階において、どの程度債務超過に陥る蓋然性が高ければそれが『確実』といえるのかを画定するのは、相当に困難である。しかも、否認権が行使されるのは、その後に実際に債務超過が発生した場合であるが、現に債務超過が発生している以上は、回顧的に評価すれば、すべては必然の流れであったという評価もあり得るところであり、いったいどのような事情が存在すればそれが『確実』でなかったといえるのか自体が困難な問題である。」と指摘しています。
そこで、(確実に)予測・予想される時期を実質的危機時期に含めて判断した裁判例を見てみると、例えば、破産手続開始の4年以上前の売買について詐害行為否認を認めた東京地判平成28年7月20日(金法2062号81頁)は、破産会社における否認対象行為の直前・直後の決算での欠損等の状況や当該行為後に破産に至った原因等を認定したうえで、「売買契約当時支払不能が発生することが予想される時期(実質的危機時期)にあった」と判断しています(判決文を見る限り、行為当時の債務超過の認定はなく、上記第3説に近い立場によるものと考えられます。)。
また、東京地判平成27年3月4日(ウエストロー・ジャパン 文献番号2015WLJPCA03048008)は、破産会社が被告らとの間で参加取引契約(ローン・パーティシペーション契約)を解約して解約金を負担する旨の合意をしたこと(本件合意解約)について詐害行為否認を認めた事例ですが、この裁判例は、破産会社の合計残高試算表(貸借対照表)上、本件合意解約前後を通じて資産超過であることを指摘しつつも、その後の調査で判明した多額の簿外債務(過払金返還債務)の存在、及び、本件合意解約が同債務の履行により破産会社が取得することとなる投資会社に対する求償権を失わせ破産会社が同債務を実質的に負担することになるものであったこと[1]等を考慮して、結論として「破産会社は,本件合意解約時,本件合意解約により債務超過状態の発生が確実に予想される時期にあった」と認定しています[2]。この裁判例は、否認対象行為によって直接的に生ずる結果を行為当時に確実に予想されるものとして実質的危機時期の判断の基礎に取り込んだものとみることができると思われます。詐害行為の判断基準としては、「破産原因である支払不能又は債務超過の状態が発生し,又はその発生が確実に予想される時期(以下『実質的危機時期』という。)以降に行われた破産者の責任財産を絶対的に減少させる行為をいう」と述べているため、上記第2説によるものと考えられますが、その認定では上記のように否認対象行為の直接の結果を考慮して「債務超過状態の発生が確実に予想される時期」であったと述べていることからすれば、実質的には、上記第1説に近い判断と評価することもできるのではないかと思われます。
なお、その他の裁判例としては、否認対象行為(本件贈与)時点において、贈与対象不動産を除く資産が負債額を下回っていたことから、破産者にはその債務を完済できる資力はなかったとして、「本件贈与当時,支払不能に陥っていたか又は少なくともその発生が近い将来確実に予測される状態であった」と認定した東京地判令和3年1月18日(ウエストロー・ジャパン 文献番号2021WLJPCA01188005)や、被告において否認対象行為当時に破産会社が債務超過状態であったこと又は債務超過状態の発生が確実に予想される時期にあったことの認識が認められないとして詐害行為否認を否定した東京地判平成22年4月16日(ウエストロー・ジャパン 文献番号2010WLJPCA04168006)等もあります。
3 最後に
債務超過又は支払不能状態の発生が確実に予測される時期をもって実質的危機時期を認定した裁判例を見ても、その「確実」な「予測」の認定・判断の基準は必ずしも明らかではなく、予測可能性の確保という観点からは第1説が妥当と思われます。仮に第2説のように近接した将来の時期を取り込んで判断する場合でも、前記東京地判平成27年3月4日のように、否認対象行為による直接の結果など、行為後の事情変動による影響のない事象のみを行為当時に確実に予測される事象として考慮するに留めるのが妥当ではないかと思われます。
以上
参考文献
・伊藤眞ほか『条解 破産法〔第3版〕』130頁、1112-1113頁(弘文堂・2020年)
・竹下守夫ほか編代『破産法体系 第Ⅱ巻 破産実体法』447-456頁〔垣内秀介〕(青林書院・2015)
・藤原総一郎監『倒産法全書〔第2版〕(上)』472頁(商事法務、2014)
[1] 具体的には、「上記過払金返還債務については,本件参加取引契約により,破産会社が顧客から過払金の返還請求を受け,破産会社がこれを支払った場合には,投資会社32社のうちいずれかに対し,支払った過払金相当額を求償することができていた(その意味で,上記過払金返還債務を負担していたとしても,破産会社が会計上負担しないものとして考慮することもあながち不当とまでは言えなかった。)ところ,本件合意解約は,破産会社の上記求償権を失わせ,破産会社に過払金返還債務の実質的負担を戻すものであるから,破産会社は,本件合意解約により,上記過払金債務約1912億円に近い額の債務を実質的に負担することとなる」等と認定しています。
[2] なお、この裁判例は、破産会社の悪意の認定の中で「破産会社は,平成18年最高裁判決以降,過払金債務の支払が増加していく中で,平成19年1月には新規貸付けを停止し,同年には業務停止処分を受け,金融機関からの資金調達も困難となっていた中で,本件参加取引契約を締結し,投資家から参加利益の対価を得て資金調達を図るとともに,顧客に対する貸金債権に係る過払金返還債務の全リスクを投資家に移転することにより,過払金請求による倒産リスクを回避していた。このような状況下で,本件参加取引契約を解約すれば,投資会社32社に移転されていた過払金返還債務のリスクを再び負担することとなり,倒産リスクが高まることは明らかである。加えて,破産会社は,平成22年12月末日時点で,過払金返還債務の引当金として,146億4900万円を計上しており,同日時点で,貸借対照表上,158億1709万4951円の債務超過となっているところ,破産会社が新規貸付けを行っておらず,過払金返還債務の基盤となる貸金債権について本件合意解約時点から変更がないことからすると,実際には,本件合意解約時点で,貸金債権に係る資産の増加に伴い,過払金返還債務引当金も発生しており,同時点で債務超過状態が発生していたものといえ,破産会社自身も,会計上は,平成22年12月末日時点で発生したとされる過払金返還債務引当金が,実際には本件合意解約時点にすでに存在していたことを認識していたものと推認するのが相当である。」と述べています。