【論稿】私的整理開始後に普通預金口座から別段預金口座に振り替えられた預金の払戻し請求権を受動債権とする相殺の効力を肯定した裁判例(東京高裁令和5年5月17日)の紹介

弁護士 白石 義拓

【事案の概要】

 破産会社(以下「本破産会社」という。)は、建築工事及び土木工事の請負業者であり、銀行(以下「本銀行」という。)から以下のとおり融資を受けていたところ(以下「本融資」という。)、本銀行から、本融資に係る貸金債権を自働債権とし、別段預金に振替管理されていた工事代金の払戻し請求権を受働債権とする相殺措置を受けたため、本破産会社の管財人は、本銀行の相殺措置が破産法71条1項2号に反する無効なものであるとして争った。

 本件の時系列は、概ね以下のとおりである。

平成30年 1月:          本銀行から本破産会社に対する1億5000万円の本融資  
平成30年10月:私的整理に基づく再建計画の策定
本銀行は、本破産会社から上記再建計画に基づく返済猶予の要請を受け、本融資の残高を維持するという限度で返済猶予の要請に 応じることにした。
すなわち、本破産会社の顧客から請負代金の支払いとして本破産会社の普通預金口座に振込入金がされた際、その時点で直ちに本融資金の返済に充てるのではなく、入金額同額を別段預金口座へと振り替えることで、(後日の相殺権行使による本融資金回収の手立てを残しつつ)本融資金残高の維持に応じることとした(以下「本振替」という。)。
平成31年1月9日:本銀行は、本融資金返還請求権と別段預金の払い戻し請求権を対
当額で相殺するとの意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。
平成元年7月26日:                                   本破産会社の破産手続開始決定

【争点】

本件の争点は、本件相殺が、破産法71条1項2号により無効となるか否かである。

【関連条文】

(相殺の禁止)

破産法第七十一条 破産債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。

二号 支払不能になった後に契約によって負担する債務を専ら破産債権をもってする相殺に供する目的で破産者の財産の処分を内容とする契約を破産者との間で締結し、又は破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対して債務を負担した場合であって、当該契約の締結の当時、支払不能であったことを知っていたとき。

【裁判所の判断】

 普通預金口座から別段預金口座への本振替は、取引条件を変更することにより本件普通預金口座に係る預金の拘束性を高めるものであるから、破産法71条1項2号にいう財産的処分行為に該当すると解する余地はある。

 しかしながら、本件普通預金口座には、私的整理に基づく再建計画の策定以後も、平時における取引と同様に請負代金の入金がされており、同振込入金が本件普通預金債務の負担原因になっている。

 そうすると、本銀行が本振替の合意をしたことによって新たな債務負担行為をしたものとみることはできず、本件相殺は、破産法71条1項2号に該当するものということはできない。

【コメント】        

 破産債権者が破産者に対する債務を負担した時は、相殺の担保的機能により破産債権に担保が設定されたのと等しい状況になるが、危機時期の担保提供行為が破産法162条1項1号により否認の対象とされているのと平仄を合わせ、破産法71条1項2号乃至4号は、破産債権者が債務者の危機時期以後に債務者に対して負担をするに至った債務を受働債権として相殺をすることを禁止している。

 もっとも、継続的取引に対する萎縮効果が生じるのを避けるため、破産法71条1項2号では、専ら相殺に供する目的で行った破産者の財産の処分を内容とする契約に基づいて取得した債務、及び債務引受により取得した債務のみを相殺禁止の対象としている。

 これは要するに、通常取引から発生する債務である限りは債務負担の時期が危機時期後であっても相殺は認めるが、通常取引を超えて債権回収のために債務を発生させた場合には相殺を認めないという趣旨の規定である。

 本件では、本破産会社と本銀行との平時の取引(平成30年10月の私的整理に基づく再建計画の策定以前)においては、本破産会社の顧客から本破産会社の普通預金口座に入金された請負代金をもって、本融資金債務の返還が行われていた。

 そのため、本件において別段預金へ振り替えられた請負代金については、もともと、本銀行の相殺権行使による担保的機能の実現が可能であったために、本振替行為は本件普通預金債務の取引条件が変更されたものにすぎず、本振替行為の対象となる債務は、通常取引から発生する債務であって新たに負担する債務とはいえないと判断されたものと思われる。

 本判決が、原判決を引用したうえで、「破産者に対して債務を負担したこと」の要件を欠き、破産法71条1項2号には該当しないと判断したことは、相殺の担保的機能に対する破産債権者の期待を保護するものであり、同号該当性に関する事例を追加するものである点で意義を有するので紹介した。

以上

参考文献

  • 金融・商事判例1685号26頁
  • 新・判例解説Watch♦倒産法No75 1頁
  • 竹下守夫編『大コンメンタール破産法』307頁〔山本克己〕
  • 竹下守夫=藤田耕三編『破産法体系第2巻』251頁〔松下淳一〕

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