【論稿】破産手続における家族法上の問題点

弁護士 増田 大亮

第1 はじめに

 本稿では、妻Aと夫Bの夫婦が離婚を検討している場合、AB間の離婚調停・離婚訴訟係属中にBが破産手続をした場合、離婚自体との関係(第2)、AB間の財産分与との関係(第3)、AB間に子Cがいた場合、婚姻費用・養育費との関係(第4)について、破産法上どのような問題が生ずるか検討する。

 また、令和6年5月、家族法制の見直しに関し「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第33号)が成立した。そこで、本稿と関係する改正箇所について、令和6年改正民法の内容についても言及する。

第2 離婚調停・離婚訴訟自体との関係

 我が国は、調停前置主義(家事事件手続法257条1項)を採用しているため、協議による離婚が調わない場合、離婚調停を申し立てた上、離婚調停も不調となった場合、離婚訴訟を提起することができる。

 離婚それ自体は、身分関係に関する事柄であるため、破産手続を行うこと自体が「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)としてただちに認められる関係にはない[1]。それゆえ、離婚調停中または離婚訴訟中にBが破産手続を行ったとしても、実体法上、離婚の成否に与える影響は大きくないと考える。

 AがBに対して離婚調停を申し立てていた場合、離婚に関連する裁判手続が破産手続の中でどのように扱われるかにつき、離婚訴訟それ自体は身分関係の訴訟であり、「破産財団に関する訴訟手続」(破産法44条1項)にあたらないため、中断しない[2]

 他方、離婚に関連する請求として、①慰謝料請求、②財産分与請求、③親権者指定、④養育費請求等があるところ、人事訴訟との関係では、①慰謝料請求は関連請求(人事訴訟法17条1項)として、②財産分与請求、③親権者指定、④養育費請求は附帯処分(人事訴訟法32条1項)として、離婚訴訟と同一手続内において審理がなされる。このうち、①慰謝料請求は中断するが、③親権者指定、④養育費請求は中断しない[3]。②財産分与請求については、中断するか否かについて争いがある[4]

第3 財産分与との関係

1 財産分与請求権の法的性質

 我が国の夫婦財産制は、民法762条1項が「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。」と、2項が「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。」と定めているところ、夫婦別産制を採用していると理解されている。

 財産分与は、離婚にあたり、夫婦の一方から他方に対してなされる財産上の給付であり、その内容として①清算的要素、②扶養的要素、③慰謝料的要素の3つが含まれていると考えられている。この点、実務上は3つの要素を総合的に勘案して財産分与の内容を決定しており、各要素を個別的に考慮する運用はなされていない。

 我が国の財産分与請求権は、離婚の成立により当然に基本的抽象的請求権が生ずるが、協議または協議に代わる処分等によって具体的な分与請求権が生ずるとする見解(段階的形成権説)を採用しているといわれており、判例(最判昭55.7.11民集34巻4号628頁)も、「離婚によって生ずることあるべき財産分与請求権は、一個の私権たる性格を有するものではあるが、協議あるいは審判等によって具体的内容が形成されるまでは、その範囲及び内容が不確定・不明確であるから、かかる財産分与請求権を保全するために債権者代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。」として、段階的形成権説を採用していると考えられている。

2 財産分与請求権は破産債権として取り扱われるか

 破産債権とは、破産手続に参加し(破産法103条1項)、破産配当によって満足を受け(破産法193条1項)、免責手続による免責の対象となり得る(破産法253条1項柱書本文)権利をいう(伊藤・275頁)。

 1記載のとおり、我が国の家裁実務では財産分与の3つの要素を総合的に勘案するという立場を前提とすれば、財産分与請求権は全体として破産債権として扱われるものといえる[5]

3 財産分与請求権は非免責債権(破産法253条1項但書)にあたらないか

 破産法は、破産債務者に対して、自由財産を基礎として経済的再出発を促すため、免責制度を定めている。免責とは、破産債権の全部または一部について破産者の責任を免れさせることをいう。

 他方、破産法253条1項但書は、一定の債権について免責の効果が及ばない旨を定める。ここに定められた債権のことを非免責債権という。

 1記載のとおり、我が国の家裁実務では財産分与の3つの要素を総合的に勘案するという立場を前提とすれば、財産分与請求権は全体として1つの債権であると考えられる。このような考え方に従えば、財産分与請求権全体が免責の対象になると考えられる。

4 財産分与請求権は否認権の対象となるか

⑴ 問題の所在

 否認権とは、破産手続開始前に行われた絶対的な財産減少行為(詐害行為)または債権者平等の潜脱行為(偏頗行為)について、破産手続との関係で、その行為の効力を否定して逸出した財産を回復させ、または偏頗弁済を受けた債権者から偏頗弁済分を取り戻し、債権を改めて手続に取り込む制度をいう。

 1記載のとおり、段階的形成権説を採用する我が国においては、財産分与請求権が具体的権利として認められるのは離婚成立時といえる。そこで、4との関係では、Bが破産手続をする前に財産分与としてAに財産給付をしていた場合、当該財産が否認権の対象となるかについて検討する。

⑵ 詐害行為否認・偏頗行為否認にあたるか

 判例は、最判昭58.12.19民集37巻10号1532頁において、離婚に伴う財産分与が詐害行為に該当するかという点について、「分与者が既に債務超過であるという一事によって、相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当ではなく、相手方は、右のような場合であってもなお、相当な財産分与を受けることを妨げられない。・・・分与者が既に債務超過の状態にあって当該財産分与によって一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法768条3項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である」と示した。

 破産法上の詐害行為否認は、民法上の詐害行為取消該当性と同じ判断枠組みで解釈されているため、上記判例の考え方を踏まえて財産分与が詐害行為否認に該当するか検討した場合、詐害行為否認の趣旨に反して不相当で過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情がない限り、詐害行為否認にあたらないものと考えられる。

 ただし、財産分与は、1記載のとおり①清算的要素、②扶養的要素、③慰謝料的要素が含まれているところ、②扶養的要素及び③慰謝料的要素の割合が大きい場合、偏頗行為否認の対象となるという考え方も存在する[6]

5 財産分与請求権が取戻権となるか

 取戻権とは、特定の財産が破産財団に属しないことに基づいて、第三者がその財産に対する破産管財人の支配の排除を求める権利を意味し、その権利が破産法以外の実体法にもとづく場合(破産法62条)と破産法に基づく場合(破産法63条)とに分けられる[7]。財産分与請求権との関係では、破産法62条との関係が問題となる。

 この点、判例は、「離婚における財産分与として金銭の支払を命ずる裁判が確定し、その後に分与者が破産した場合において、右財産分与金支払を目的とする債権は破産債権であって、分与の相手方は、右債権の履行を取戻権の行使として破産管財人に請求することはできないと解するのが相当である。」として、財産分与請求権を取戻権の行使として破産管財人に請求することはできないとした[8]

6 令和6年改正民法

第768条 (略) 2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が整わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に変わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から五年を経過したときは、この限りでない。 3 前項の場合には、家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得または維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。この場合において、婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。

 令和6年家族法改正において、①請求期間が2年から5年に伸長されたこと(改正民法768条2項但書)、②財産分与の考慮要素・寄与の程度が明確化されたこと、特に婚姻中の財産取得・維持といった清算的要素に対する各当事者の寄与の程度について、原則相等しいものにするという、いわゆる2分の1ルールが明文化された(改正民法768条3項)。

 法制審議会では、夫婦の共有財産を保護する必要性が特に高い場合、例えば、夫婦が潜在的に共有していた財産が、破産開始決定等により、包括的に夫婦において自由に処分等することができなくなり、他方配偶者の生活の維持が困難になる場合には、離婚前から共有財産としての性質を顕在化させ、具体的な財産分与請求権が生ずることとすれば、身分関係の保護にもつながるようになる場合があるとして、例外的に離婚前の財産分与請求権を発生させ、適正な手続によって財産分与額を算定することができる制度を設けることが検討されたが、具体的な規律の提示はなされず引き続き現行法と同様の取扱いになる[9]

第4 婚姻費用・養育費との関係

1 婚姻費用・養育費の意義

 婚姻費用とは、婚姻共同生活を営む上で必要な一切の費用をいい、夫婦の衣食住の費用のほか、子の監護に関する費用、教育費、出産費、医療費、葬祭費、交際費を含む[10]。養育費とは、子の監護に関する費用のうち、特に未成年の子が生活するために必要な費用をいう。

 民法766条は、父母が協議上の離婚をするときは、子の監護に要する費用の分担を協議で定め、協議が調わないとき又は協議をすることができないときは、家庭裁判所がこれを定めるとしている。養育費分担義務は、民法766条を根拠として父母に生じている。

 免責許可決定が確定した場合、破産者は、破産手続による配当を除き破産債権については責任を免れるのが原則である(破産法253条1項柱書本文)。他方、婚姻費用及び養育費は、扶養義務に基づくものであり、免責の効力が及ばない非免責債権とされている(破産法253条1項4号ロ・ハ)。

2 養育費の支払義務者が破産した場合と婚姻費用・養育費請求の関係

⑴ 婚姻費用債権・養育費債権は破産債権にあたるか

 婚姻費用に関する合意がある場合や離婚成立後に養育費に関する合意が存在する場合、これらの婚姻費用債権や養育費債権は破産債権にあたる(破産法2条5項)。

 他方、破産手続開始後に生ずる婚姻費用債権・養育費債権は、破産債権にあたらないと考えられている[11]

⑵ 婚姻費用分担請求調停または養育費分担請求調停係属前にBが破産した場合

 過去の婚姻費用・養育費の支払は、原則として請求することができる。

 もっとも、東京地判平30.5.30は、「養育費等の支払のみに充てることを意図して行われた計画的な財産散逸(隠匿)行為であったと言わざるを得ず、破産債権者にとって有害なものであることは明らかである」として、破産手続開始決定前の過去の養育費の一括支払について偏頗行為否認を認めている[12]

⑶ 養育費分担調停が成立した後、権利者が義務者から養育費の支払いを受けないうちに義務者が破産した場合

 破産開始前の養育費債権は、破産債権として破産手続によって回収することになる。すなわち、破産手続が継続している間は、破産債権として届出をし、破産管財人が破産者(義務者)の財産を換価した上、他の債権者と公平に配分される。

 しかし、1記載のとおり、養育費債権は非免責債権となるので、破産手続が終了し、免責決定が出たとしても、義務者に請求することができる[13]

 他方、義務者が破産し、破産手続が終了した後に生じた婚姻費用債権・養育費債権は、これらの権利が日々発生するものであるという性格上、そもそも破産債権とならず、免責の対象にもならないため、義務者に対して請求することができる[14]

3 令和6年改正民法

(一般の先取特権) 第306条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。 一・二 (略) 三 子の監護の費用 四・五 (略)   (子の監護費用の先取特権) 第308条の2 子の監護の費用の先取特権は、次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権の各期における定期金のうち子の監護に要する費用として相当な額(子の監護に要する標準的な費用その他の事情を勘案して当該定期金により扶養を受けるべき子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定し額)について存在する。 一 第752条の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務 二 第760条の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務 三 第766条及び第766条の3(これらの規定を第749条、第771条及び第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務 四 第877条から第880条までの規定による扶養の義務

⑴ 改正の概要

 令和6年家族法改正において、①養育費債権に先取特権を付与すること(改正民法306条3号、308条の2)を認め、債権者は、債務名義がなくとも民事執行の申立てをすることができ、かつ、その執行手続において、他の一般債権者に優先して弁済を受けられることとなる。養育費に関するその他の改正として、②法定養育費制度の導入(改正民法766条の3)、③給与債権に対する執行手続の軽減負担策(改正民事執行法167条の17)、④収入情報の開示命令に関する規律(改正人事訴訟法34条の3、改正家事事件手続法152条の2)等がある。

⑵ 破産手続との関係

 先取特権とは、法律の定める特定の債権を有するものにつき、債務者の財産から優先的に弁済を受けることができる権利をいい、他の債権者に先立って債務者の財産から優先的に弁済を受けることができる(優先弁済的効力)点に意義がある。

 この点、破産法98条1項は、「破産財団に属する財産につき一般の先取特権その他一般の優先権がある破産債権(次条第一項に規定する劣後的破産債権及び同条第二項に規定する約定劣後破産債権を除く。以下「優先的破産債権」という。)は、他の破産債権に優先する。」と定めている。

 婚姻費用・養育費の支払義務者であるBが破産手続をした場合、令和6年改正において新設される子の監護の費用に関する先取特権は優先的破産債権として取り扱われ、AまたはCは、破産手続において一般先取特権を行使することはできず、あくまで破産法の定める順位に従い配当を受けることとなると思われる。

以上


[1] 夫が、弟の大学進学や妻との結婚等を主たる原因として高額の借金をして、妻に十分な生活費を渡していないという事案で、夫の借金問題以外に婚姻生活を継続していく上で特に支障となるような事情はないことから、婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないとして裁判例として、仙台地判昭60.12.19判タ595号77頁

[2] 山本100頁

[3] 全国倒産処理弁護士ネットワーク「破産実務Q&A220問」(2019年、きんざい)141頁

[4] 中断するとする見解として、前掲・破産実務Q&A142頁。中断しないとする見解として、森宏司「家事調停・審判手続中の当事者破産」高橋宏志ほか編「民事手続の現代的使命」(2015年、有斐閣)1167頁。

[5] 前掲・森1165頁

[6] 「パネルディスカッション 破産事件と離婚・相続事件との交錯」事業再生と債権管理176号27頁

[7] 伊藤眞「破産・民事再生法〔第4版〕」(2018年、有斐閣)453頁

[8] 最判平2.9.27判タ741号100頁

[9] 部会資料9-2・21頁以下、部会資料14・27頁以下

[10] 松本哲泓「〔改訂版〕婚姻費用・養育費の算定―裁判官の視点にみる算定の実務―」(新日本法規・2020年)3頁

[11] 前掲・森1170頁

[12] 佐藤鉄男「判批」事業再生と債権管理173号148頁

[13] 秋武憲一「離婚調停〔第3版〕」(2018年、日本加除出版)302頁

[14] 前掲・森1171頁

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