【論稿】破産申立代理人の弁護士報酬と否認権行使

弁護士 鈴木 啓之

1 はじめに

 ほとんどの破産申立事件においては、申立代理人が適切な弁護士報酬を定めていることから、問題となることは多くはない。しかし、時には、申立代理人の想定される労力に比して、過大な報酬を受け取っていると考えられる事案に接することもある。

 そこで、本稿では、申立代理人の報酬と破産管財人の否認権行使について、裁判例にも言及しつつ検討する。

2 申立代理人の弁護士報酬の定め方

 破産申立事件にかかわらず、依頼者と弁護士との関係は委任契約(民法643条)であり、本来は自由に報酬を定められるはずである。

 しかし、弁護士職務基本規程24条及び日弁連「弁護士の報酬に関する規程」によれば、弁護士報酬は、「経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情に照らして適正かつ妥当な」ものでなければならないとされている。また、破産事件では、他の債権者と、債務者の責任財産を分け合う関係にあるという特殊事情にも留意しなければならない。そのため、申立代理人の報酬は、債権者や破産管財人の理解を得られる定め方及び金額であることが望ましい。

3 申立代理人の弁護士報酬と否認権行使

 そもそも、破産申立代理人が破産債権者や破産管財人に先立って破産申立代理人報酬を取得できる理由は、当該報酬が破産債権者の共同の利益に資する費用といえるからである。かかる理由からすれば、申立代理人の報酬が過大な場合、破産管財人は申立代理人から過大な報酬相当部分の回収を図るのが望ましく、この点に否認権(破産法160条)を行使できることに争いはない。

 それでは、どのような場合に否認権の行使を検討するべきであろうか。以下では、参考となる裁判例に言及しつつ、否認権行使の対象となるか否かの判断基準について述べる。

【東京地方裁判所平成22年10月14日判決(判タ1340号83頁)】

(事案の概要)

 本件は、破産管財人である原告が、破産者から自己破産の申立てについて委任を受けた被告(弁護士法人)に対して、破産者が被告に支払った報酬294万円のうち63万円を超える部分は、対価の支払義務がない業務に対応する支払いであったり、適正金額を上回るものであって、その支払合意について、破産法160条1項1号、同条3項に基づき否認権を行使するとして、不当利得に基づき、231万円の返還を求めた事案である。 被告は大要、以下の業務を行った。

①リース会社に対するリース物件の早期引上げの督促、納入商品回収のため破産会社事務所を訪れた売掛金債権者に対する電話対応など(破産会社代表者から要請を受けたもの)
②破産会社代表者が計算した給与・解雇予告手当の確認、違法な取引の相手先Aに対する売掛金の一部の回収、在庫商品売却に係る契約書案の作成
③フロアクリーニング代の支出の可否、在庫商品の売却手続の適否、事務所賃貸人からの要請(早期明渡し、家賃・電気代の支払及び看板の撤去など)への対応などについての指示(破産会社代表者から照会のあったもの)
④破産会社代表者から被告名義口座に入金された金銭の管理及び同口座からの出金(解雇予告手当、事務所の原状回復工事費用、ゴミ処分代金の支払)手続
⑤債権者に対する受任通知の送付、債権調査、破産原因の調査、資産調査、破産申立書及び添付資料の作成と裁判所への提出

 もっとも、被告は、破産会社事務所の明渡しを始めとして、現地には1度も赴かず、破産会社代表者に対する指示は、必要な範囲で弁護士の指示を受けた担当の司法書士が電話かメールで行い、現地での債権者への対応、在庫商品の売却等は、破産会社代表者が行った。そして、被告は、破産会社代表者がした破産会社の資産の売却について、その売却価格を事前に確認しておらず、事後に破産会社代表者から報告を受けるとともに、必要な資料の提出を破産会社代表者に求めていた。
 債権者数は26名、債務総額は約4689万円であった。
 被告は、破産会社から預かっていた約1436万円のうち、弁護士費用294万円等を控除した残金約1044万円を原告に引き渡した。

(判旨)

 裁判所は次のように述べて、破産管財人による請求の一部(168万円)を認容した。

「弁護士による自己破産申立てに対する着手金ないし報酬金の支払行為も、その金額が、支払の対価である役務の提供と合理的均衡を失する場合、その部分の支払行為は、破産債権者の利益を害する行為として否認の対象となり得る。」
「ところで、日弁連が全ての弁護士を拘束するものとして定めた本件規程(筆者註:日弁連「弁護士の報酬に関する規程」)によれば、適正な弁護士報酬額を算定する当たって、経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情を考慮するとされており、これらの要素は、破産申立適正報酬額の算出においても同様に考慮されるべきである
「破産申立てを受任し、その旨を債権者に通知した弁護士は、可及的速やかに破産申立てを行うことが求められ、また、破産管財人に引き継がれるまで債務者の財産が散逸することのないよう措置することが求められる。」
「申立代理人弁護士による換価回収行為は、債権者にとって、それを行われなければ資産価値が急速に劣化したり、債権回収が困難になるといった特段の事情がない限り、意味がないばかりか、かえって、財産価値の減少や隠匿の危険ないし疑いを生じさせる可能性があるのであるから、そのような事情がないにもかかわらず、申立代理人弁護士が換価回収行為をすることは相当でなく、換価回収行為は、原則として管財人が行うべきである。…ましてや、申立代理人弁護士が、相当高額な弁護士報酬を得る目的で、安易な換価回収行為を優先して行い、資産、負債等に関する十分な調査をせずに迅速な破産申立てを怠るようなことは、破産制度の意義を損なうものというべきである。」
「破産申立適正報酬額の算出においては、申立代理人弁護士が行った事務処理が以上の観点に照らして適正であったか否かが、本件規程にいう「事案の難易、時間及び労力その他の事情」として当然考慮されるべきである。」
「破産会社に対する債権者数及び債務総額は、法人破産事件として、格別多くないというべきである。」
「本件申立てをするに当たり、債権者への対応や債権、破産原因、資産等の調査といった点において、格別難しい問題点があったとは認めるに足りる証拠はない。」
「破産会社の資産として確保された金員の内、145万9005円は、動産の売却換価代金であるところ(別表)、破産申立て前にこれらをしなければならないような特段の事情の存在は見受けられず、債権者にとって無意味な行為というベきである。」
本件申立てに係る経済的利益は、必ずしも大きなものではなく、事案も平均的な法人破産の内容となっており、本件申立てに係る時間及び労力その他の事情については、法人の破産申立てに必要とされる事務は一応行われているものの、弁護士が直接面接をしたのは、依頼当初の1回だけで、その他は、必要な範囲で弁護士の指示を受けた担当の司法書士が破産会社代表者とメール等による連絡をとるに留まって、現地には1度も赴かず、申立代理人弁護士に求められる迅速な申立てというよりも、無用な換価回収行為を優先させ、適正な換価回収行為に努めたともいい難い内容となっており、適切でない指示も出している。」
「そうだとすると、その他の事情として、被告の事務所維持費を最大限考慮するとしても、本件申立てに係る破産申立適正報酬額は、126万円(消費税込み)を上回ることはないとするのが相当である。」
「本件新合意の内、126万円(消費税込み)を超える部分は、役務の提供と合理的均衡を失するものであり、債権者を害するものとして、破産法160条1項1号の否認の対象となり、被告は、受領した報酬294万円のうち126万円を超える部分である168万円について、原告に対して、不当利得に基づき、返還すべき義務を負う。」

 以上のとおり、裁判例は、経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情を考慮のうえ、役務の提供と合理的均衡を失するかどうかを基準に、破産申立代理人の報酬が否認の対象になるか否かを判断している。

4 破産管財人の対応方法

 以上の検討を経て、申立代理人報酬の返還を求めることとなった場合、破産管財人の具体的な対応方法としては、当然ではあるが、まずは話合いでの解決を目指すべきで、破産管財人としての見解をまとめ、申立代理人に対して任意に返還を求めることとなる。当該破産事件の担当裁判官に相談し、申立代理人との面談の機会を設けてもらい、和解交渉を行うことも考えられる。

 また、破産申立報酬の否認権行使の場面では、弁護士会の紛議調停を利用することも考えられる。弁護士会の紛議調停では、弁護士が調停委員となり、手続を進めていくことになる。調停委員の中には、破産事件の経験がある弁護士もおり、そのような弁護士が担当となった場合には、破産申立代理人・破産管財人双方の立場を理解してもらったうえで、手続を進めることとなりやすい。実際、当職も破産管財人(代理)として、破産申立代理人の報酬に関して紛議調停を利用したことがあるが、破産事件の経験がある調停委員からの説得の甲斐もあり、比較的迅速に調停を成立させることができた。このように、紛議調停の利用も検討に値すると考えられる。

 以上の方法でも解決に至らない場合には否認権行使となり、一般的な否認権行使の場面と同じように、裁判所破産部での否認の請求、裁判所通常部での否認の訴えを検討することとなる。

以上

最新会員論稿

アーカイブ

PAGE TOP