弁護士 中村 望
第1 はじめに
中小企業が金融機関から借入を行う際、金融機関から当該企業の代表者(経営者)[1]個人に対して連帯保証が求められるという実務慣行がある。このような慣行は、経営者個人に重い責任を負わせ、早期の再生や円滑な事業承継を阻害する等の問題がある。また、主債務者である中小企業が破産すると、代表者個人の保証債務が顕在化するところ、企業の借入れとなると個人で支払うには負担が大きい場合も多い。
2013年12月に全国銀行協会と日本商工会議所が策定した「経営者保証に関するガイドライン」(本稿において「GL」という。)は、金融機関等の保証債権者(以下、GLに基づく整理の対象となる債権者を「対象債権者」という。)と保証債務を負う経営者(以下「保証人」という。)との間で、保証債務の整理を公正かつ迅速に行うための準則を定めている。GLに基づく保証債務の整理には、保証人である経営者の破産手続の場合の自由財産を超える資産を残すことができたり、信用情報登録機関に登録されないというメリットがある。GLに基づく整理の場合に、保証人の手元に残すことができる残存資産には、いわゆるインセンティブ資産(後記第2の1にて詳述)が含まれるところ、インセンティブ資産の算出方法とGLの利用要件としての経済合理性の算出方法は似ているが少し異なっており、筆者が初めてGLに基づく整理を行った際に検討に時間を要した経験を踏まえ、本稿において改めて整理したい。
第2 GLにおけるインセンティブ資産と経済合理性の算定方法
1 インセンティブ資産の算定方法
GLに基づく整理においては、主債務者が破産手続に早期に着手したことにより、保有資産等の劣化防止に伴う回収見込額が増加した場合、回収見込額の増加に貢献したものとして、その増加額の範囲内で資産(主債務者の破産を早期決断させるインセンティブとなるため、インセンティブ資産と呼ばれる。)を、自由財産とあわせて保証人の手元に残すことを検討することができる。
インセンティブ資産、すなわち回収見込額の増加額の計算方法は、主たる債務者が清算型手続の場合、下記①から②を控除して算出する。(GLQ&A7-16)
①現時点において清算した場合における主たる債務及び保証債務の回収見込額の合計金額
②過去の営業成績等を参考としつつ、清算手続が遅延した場合の将来時点(将来見通しが合理的に推計できる期間として最大3年程度を想定)における主たる債務及び保証債務の回収見込額の合計金額
インセンティブ資産の算出において、②清算手続が遅延した場合の将来時点における回収見込額と比較するのは、保証人がGLに基づく整理を行うにもかかわらず、①現時点において主債務者及び保証人が清算した場合における回収見込額(下線は筆者による)であることに留意が必要である。GLに基づく弁済計画案は、残存資産が決まった後に作成されるため、後述する経済合理性と異なり、残存資産であるインセンティブ資産の算出においては弁済計画案における回収見込額を比較対象とすることはできないためである[2]。
2 経済合理性の算定方法
(1)主債務者破産の場合の経済合理性の算定方法
保証人がGLに基づいて保証債務の整理を申し出る要件として、「主たる債務及び保証債務の破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること」(GL7(1)ハ))がある。この要件を満たすことを「経済合理性がある」と表現し、主たる債務者が清算型手続の場合、以下の①の額が②の額を上回る場合には、GLに基づく債務整理により、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあると考えられる(GLQ&A7-4)。
①現時点において清算した場合における主たる債務の回収見込額及び保証債務の弁済計画(案)に基づく回収見込額の合計金額
②過去の営業成績等を参考としつつ、清算手続が遅延した場合の将来時点(将来見通しが合理的に推計できる期間として最大3年程度を想定)における主たる債務及び保証債務の回収見込額の合計金額
GLの利用要件としての経済合理性は、GLに基づいて作成した弁済計画案に基づく弁済を行うことで、対象債権者が破産手続の場合より多くの回収を得られることを示すことが目的であり、実際にGLに基づく手続により回収できる金額を根拠とする必要がある。
(2)ゼロ弁済の場合の経済合理性
GLの利用要件としての経済合理性について、主債務者及び保証人からの回収見込額が、現在時点において清算した場合並びに将来時点において回収した場合のいずれもゼロ円であった場合(いわゆるゼロ弁済の場合)、経済合理性は認められないかという問題がある。
この点、経済合理性は、債権者の回収見込額が、破産の場合と比べた場合の回収見込額を下回らないことを意味すると解されている。また、GLにおいては、経済合理性について、「主たる債務及び保証債務の破産手続きによる配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること」(GL7(1)ハ))と規定されており、文言上、経済合理性が認められる典型例を例示したにすぎないと考えられる。これらに加えて、対象債権者には、債権管理コストの低減、債権の無税償却が可能等の経済的なメリットもあるため、ゼロ弁済の場合であっても、保証債務の整理を行う方が経済的に合理的であり、経済合理性を認めることができる[3]。
第3 おわりに
GLは、法人代表者等の保証債務を整理する場合に頻繁に検討される債務整理の手法であり、本稿に記載した内容は基本的な内容ではあるものの、GLを初めて利用する場合、インセンティブ資産の有無によってGLの利用を検討する場合などの検討の一助になれば幸いである。
[1] GLにおける整理の対象となる経営者は、中小企業の代表者のほか、実質的な経営権を有している者、営業許可名義人、経営者と共に事業に従事する当該経営者の配偶者、経営者の健康上の理由のため保証人となる事業承継予定者等も含まれる(GL Q&A4)。
[2] 野村剛司『実践経営者保証ガイドライン』151頁(青林書院、2020年)
[3] 野村・前掲注(2)118頁以下