弁護士 堀田 陽平
1 はじめに
最近、脱毛・美容クリニックの運営元法人の破産手続開始決定の報道を目にすることが増えている。報じられているところによれば、債権者数が数万人にのぼる事件もある。
かくいう筆者の知人の中にも、脱毛クリニックに申し込み、入金を完了させた後、一度も脱毛施術を受けることなく破産に至ったという者もいた。
そこで聞かれたこととして、「弁護士から通知が来たらもうどうやっても前払金は取り返せないのか」ということである。
上記の知人のケースでは、破産手続開始決定がなされたというものであったが、本稿は弁護士からの受任通知の持つ意義を知っていただくため、受任通知と支払停止に関する最高裁判例について解説する。
2 最高裁平成24年10月19日第二小法廷判決
⑴ 事案の概要
個人であるAが、B法律事務所に債務整理を委任し、B法律事務所の弁護士らは、平成21年1月18日頃、Aの代理人として、Aに対して金銭を貸し付けていた債権者(本件の被告となるYも含まれている。)一般に対し、債務整理開始通知を送付した(以下「本件通知」という。)。
本件通知には、「当職らは、この度、後記債務者から依頼を受け、同人の債務整理の任に当たることとなりました」、「今後、債務者や家族、保証人への連絡や取立行為は中止願います」などと記載され、Aが債務者として表示されていたが、債務に関する具体的な内容や方針については記載されておらず、「自己破産の申立てにつき受任した」旨の記載もなかった。
その後、Aは、平成21年2月から7月までの間、Yに対し合計17万円を弁済した。
Aは、平成21年8月2日に破産手続開始決定を受け、Xが破産管財人に選任された。
本件は、Xが、上記AのYに対する弁済について、破産法162条1項1号イ及び同条3号により否認権を行使し、弁済金相当額等の支払いを求めた事案である。
⑵ 判決概要
最高裁は、昭和60年2月14日の最高裁判例を引用し、「破産法162条1項1号イ及び3項にいう『支払の停止』とは、債務者が、支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないと考えて、その旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいう」とし、「本件通知には、債務者であるAが、自らの債務の支払の猶予又は減免等についての事務である債務整理を、法律事務の専門家である弁護士らに委任した旨の記載がされており、また、Aの代理人である当該弁護士らが、債権者一般に宛てて債務者等への連絡及び取立て行為の中止を求めるなどAの債務につき統一的かつ公平な弁済を図ろうとしている旨をうかがわせる記載がされていたというのである。そして、Aが単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないという本件の事情を考慮すると、上記各記載のある本件通知には、Aが自己破産を予定している旨が明示されていなくても、Aが支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが、少なくとも黙示的に外部に表示されているとみるのが相当である」として、Xの否認権行使を認めた。
3 本判決の意義
破産者が支払不能になった後になされた弁済等の債務消滅行為は、破産手続開始後、否認することができるとされている(破産法162条1項1号)。また、「支払の停止」(破産手続開始の申立て前1年以内のものに限る。)があった後は、支払不能であったものと推定されている(破産法162条3項)。
このように、「支払の停止」は、破産者の支払不能を推定する行為であり、債権者の公平性が確保される時期(危機時期)を画する重要概念である。
上記2⑴のとおり、本件通知には、「自己破産する」旨の通知は一切記載がなく、「債務整理を受任した」旨の記載しかないところであるが、上記判決概要のとおり、最高裁は本件通知をもって「支払の停止」にあたるとした。
本件通知のような通知は、債務整理事案において一般的にみられる通知であり、実務的な影響の大きい判決と言える。
ここで問題になるのは、上記判決概要のとおり、本件の判決は、破産者であるAが事業を行うものではない給与所得者(消費者)であったことを重要な考慮要素としているところ、例えば破産者が企業であったり、(消費者ではなく)個人事業主である場合には、同様に考えられるかどうかという点である(もっとも、消費者破産と異なり、法人破産の場合に、密行性の観点から、受任通知を送付するかはケースバイケースである。)。
この点、本判決の須藤正彦裁判官の補足意見では、「一定規模以上の企業、特に、多額の債務を負い経営難に陥ったが、有用な経営資源があるなどの理由により、再建計画が策定され窮境の解消が図られるような債務整理の場合において、金融機関等に『一時停止』の通知等がされたりするときは、『支払の停止』の肯定には慎重さが要求され」るとしている。その理由として、このような場合に、「支払の停止」が認められると、運転資金等の追加融資をした後に随時弁済を受けたことが否定されるおそれがあることになり、追加融資も差し控えられ、結局再建の途が閉ざされることにもなりかねないという理由を挙げている。
4 まとめ
本判決によって、いわゆる消費者破産の場合の受任通知については、これが支払停止にあたることが明確になった。他方で、法人や個人事業主の場合についても同様に本判決が妥当するかは、議論のあるところであるが、法人や個人事業主の代理人から受任通知を受けた債権者としては、以後の債務弁済については、基本的に差し控えておくことが穏当と思われ、実務的にそのような対応が多いのではないかと思われる。
以上