【論稿】不法行為に関する非免責債権

(弁護士 髙木敦司)

1 はじめに

 本稿では、詐欺・傷害・交通事故等の不法行為が発生し、その後、加害者が破産手続に入ってしまったとき、被害者が加害者に対して有する債権について、破産手続との関係でどのような位置付けとなり得、被害者としてはどのように行使することが想定されるのかについて簡単に見ていきたいと思います。

 そもそも、なぜ本稿で上記のような問題意識を持つかというと、個人の破産手続では、一般的に、後記の免責手続を経ることになり、同手続で免責許可決定が確定すると、その名のとおり破産債権についての責任が免責され、不法行為の被害者側に十分な手当がなされないのではないかとも考えられるからです。

2 免責手続

 まず、前提となる免責手続について見ていきます。

 個人である債務者は、破産手続開始の申立てがあった日から破産手続開始の決定が確定した日以後ひと月を経過する日の間までの間に、裁判所に対して免責許可の申立てをすることができます(破産法248条1項。なお、同債務者が破産手続開始の申立てをした場合、当該申立てと同時に免責許可の申立てをしたものとみなされます(同条4項)。)。

 裁判所は、いわゆる免責不許可事由(破産法252条1項各号に定める事由。本稿では詳細を割愛しますが、賭博によって著しく財産を減少させたような場合が該当します。)のいずれにも該当しない場合には免責許可の決定をします(同条1項柱書)。また、免責不許可事由があるとしても、一切の事情を考慮し、免責許可が相当と判断した場合には免責許可決定をすることができます(同条2項)。免責許可決定が確定したときは、破産者は、破産債権について、配当を除いてその責任を免れます(破産法253条1項柱書本文)。一般的に、免責許可決定がされないことは稀であるとされています。

 しかし、免責許可決定がされたとしても、免責されない破産債権が存在し、それがいわゆる非免責債権といわれるものです(破産法253条1項ただし書き及び同項1号乃至7号)。なお、非免責債権は、免責手続を前提とするものですので、個人の破産者(債務者)に対する債権のみ関係します。

3 不法行為に関連する非免責債権の概要

 不法行為に関連する非免責債権は、破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権(破産法253条1項2号)及び破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号(注:破産法253条1項2号)に掲げる請求権を除く。)(同項3号)です。

 悪意による不法行為に基づく損害賠償請求権に関しては、「悪意」がどういった意味であるかが解釈上問題とされてきました。この点、現在では、「悪意」とは、他人を害する積極的な意欲(害意)を意味するものと考えられています。多額の債務を背負っているにもかかわらず、債務がないとの虚偽の事実を伝えたうえでクレジットカードの発行を受け、当該発行時には収入に鑑みれば支払いきれない状態であったにもかかわらず、クレジットカードを利用しクレジットカードの発行会社に立替金を支払わせ損害を負わせたというような事案や、上場会社の役員が、虚偽の有価証券報告書を提出し、投資家に損害を生じさせた事案などで、悪意の不法行為が認められた裁判例があります。

 故意または重大な過失により人の生命・身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権としては、たとえば傷害行為や無謀な運転による交通事故に基づくものが考えられます。

4 実際の行使に関して

 非免責債権の行使方法についても若干見ていきたいと思います。以下は不法行為に関する非免責債権のみに該当するというものではありませんが、本稿では、不法行為の加害者が破産手続に至り免責許可決定が確定したことを念頭に置き、非免責債権について任意に弁済されないという場合を考えます。

(1) 破産債権者表が作成された場合

 債権調査が行われると、調査や異議等の結果が破産債権者表に記載されます(破産法124条2項、130条)。破産債権者表の記載については、破産手続の終結決定があったとき、確定判決と同一の効力を有する、すなわち債務名義となり、破産債権者は、確定した破産債権について、当該破産者に対し、破産債権者表の記載により強制執行ができます(同法221条1項。なお、非免責債権を有しない破産債権者は、結局、免責許可決定確定の効力により、強制執行はできません。)。破産債権者表への執行文の付与については、裁判所書記官に対する執行文付与の申立てで足りるとされています(最判平成26年4月24日)。

 なお、免責許可決定が確定したことは破産債権者表に記載されますが(同法253条3項)、非免責債権については、かかる記載にかかわらず、破産債権者表の債務名義としての効力は失われません。

(2) 破産債権者表が作成されなかった場合

 債権調査が行われない場合、破産債権者表は作成されておらず、したがって、非免責債権を有する債権者は、破産手続の中で債務名義を得ることはできません。そのため、債権者としては、債務名義を有していないのであれば訴えを提起することにより確定判決を得る必要があります。かかる訴訟となった場合には、債務者(破産者)からは免責確定の抗弁の主張がなされ、それに対して、債権者が非免責債権であることを主張立証していく必要があります。

 既に債権者が確定判決等の債務名義を有している場合には、強制執行の手続に関連して、債務者(破産者)が請求異議の訴えを提起し、その中で免責確定の主張がなされ、債権者としては非免責債権であることを抗弁として主張することになると考えられます。

5 さいごに

 世間には、どれだけ債務を負っても破産さえすれば問題ない、詐欺などの被害にあっても行為者が破産したらどうしようもない、免責されてしまえば何もかも終わりである、というように考えている人もいるかもしれません。しかし、当然ではありますが、破産法はそういったことを認めているわけではなく、免責不許可事由や非免責債権の規定により、あらゆる場合に債務が免除されるわけではないということは知っておく必要があるように思われます。

参考文献

・伊藤眞ほか著「条解 破産法(第3版)」(孔文堂)

・伊藤眞著「破産法・民事再生法(第5版)」(有斐閣)

・裁判所職員総合研修所監修「倒産実務講義案(改訂版)」(司法協会)

・木内道祥監修・全国倒産処理弁護士ネットワーク編「破産実務Q&A220問」(きんざい)

以上

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