【論稿】廃業型私的整理手続における商取引等債務の弁済 ―破産手続に移行するリスクを念頭に―

弁護士 熊澤 明彦

1 はじめに

 令和4年3月、中小企業の事業再生等に関するガイドライン(以下「GL」という。)が策定され、準則型私的整理手続として「第三部 中小企業の事業再生等のための私的整理手続」において再生型私的整理手続と廃業型私的整理手続が設けられ、各利用実績は以下のとおりであり[i]、一定の利用が確認されている。

2 問題意識の所在

 上記のとおり、廃業型私的整理手続は今後も利用が見込まれるが、この手続はリース債務[ii]を含めた金融債務(以下「金融債務」という。)を対象とする手続であり、役員報酬、労働債務、商取引債務等(以下では、金融債務と区別して「商取引等債務」という。)については、手続開始後であっても、基本的に従前どおり弁済をする必要がある[iii]。そのため、私的整理の受任後においても、これらの弁済を適切に行うがことが求められる。

 しかしながら、廃業型私的整理手続を進めたものの、最終的に金融機関の同意が得られず、弁済計画が不成立となり破産手続へ移行した場合、商取引等債務の弁済が偏頗弁済として否認される可能性がある。そのため、翻って、廃業型私的整理手続において商取引等債務を弁済する際に、どのような点に留意すべきかが気になることとなる[iv]

 以下では、廃業型私的整理手続の流れを確認した上で、商取引等債務の弁済が否認される可能性を検討し、実務的な対応について思索する。

3 廃業型私的整理手続の流れ

 廃業型を利用する場合の手続の流れは、概ね以下のとおりである。

① 中小企業者が外部専門家(弁護士、公認会計士等)に相談する。

② 中小企業者は、外部専門家とともに、主要債権者[v]に対して、廃業型私的整理手続を検討している旨を申し出る。  

③ 中小企業者及び外部専門家は、必要に応じて、上記申し出を行った後、主要債権者全員からの同意を得られた場合、一時停止の要請[vi]を行う。この場合、対象債権者[vii]は、全ての対象債権者に同時に行われていること等の要件を充足する場合には、一時停止要請に誠実に対応する。

④ その後、弁済計画を策定する。弁済計画には、「破産手続で保証されるべき清算価値よりも多くの回収を得られる見込みがある等、対象債権者にとって経済合理性があること[viii]」(経済合理性要件)等を盛り込む必要がある。

⑤ 中小企業者は、外部専門家とともに、第三者支援専門家の候補者を公表されたリストから選定し、その選任について主要債権者全員の同意を得る。そして、第三者支援専門家が対象債権者に対し弁済計画案の調査報告を行う。

⑥ 債権者会議を開催し(持ち回りも可)、全ての対象債権者が弁済計画案について同意し、第三者支援専門家がその旨を文書等により確認した時点で弁済計画が成立する。全ての債権者から同意を得ることができなかった場合には、第三者支援専門家は本手続を終了させる。

⑦ 弁済計画が成立した場合、法人である中小企業者は、弁済計画の履行[ix]後、原則として通常清算により法人格を消滅させる[x]

4 否認可能性

(1) 廃業型の場合分け

 中小企業者は、自社の事業状況に応じて、以下のいずれかの方向性を選択することになる[xi]

  ・事業停止・廃止後に廃業型私的整理手続を行う方向性

  ・事業継続中に廃業型私的整理手続を行う方向性

 以下では、この二つのケースに分けて、否認の可能性について検討する。

(2) 事業継続中に廃業型私的整理手続を利用する場合

 例えば、以下の時系列を想定した場合(ケースⅠ)、否認の問題はどのように生じるか。

  ・主要債権者の同意を得て、一時停止通知を行う。

  ・商取引等債務を弁済する。

  ・弁済計画が不成立となり、廃業型私的整理手続が頓挫する。

  ・破産手続開始の申立てを行う。

 偏頗弁済の否認に関し、破産法第162条第1項第1号は、(i)破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)で、(ii)破産者が行為の当時、支払不能等につき悪意であった場合には、当該行為を否認の対象としている。

ア 支払不能要件

 廃業型手続における一時停止通知は、破産法上の「支払停止」には該当しないとされている[xii]。もっとも、支払不能となった時点については、中小企業者の財務状況次第では、一時停止通知の前の日に遡る可能性がある。また、仮に通知日以降にはじめて支払不能となった場合でも、猶予期間中に行われた商取引等債務の弁済が支払不能後の弁済であったとされることも考えられる。とすると、事業譲渡等による段階的縮小を進める場合、支払不能とされる日以降の弁済は、要件上、否認リスクを伴うことになる。

 なお、支払不能の認定は別途問題となる[xiii]

イ 悪意要件

 取引先が中小企業者の支払不能状態を認識していない場合には、悪意要件は満たさない。

 一方で、例えば、中小企業者が事業を縮小するにあたり、当該事業の譲渡先が取引先で買掛金の支払相手である場合には、交渉の仕方次第では、悪意要件を満たしうる。また、役員報酬については、当該代表者については悪意要件が推定される(破産法第162条第2項第1号・第161条第2項第1号)。労働債務については、廃業型を進めるにあたり、協力を得ている労働者については悪意要件を満たしうるし、従業員説明会を実施した後に弁済を行ったような場合にも、悪意要件を満たしうる。

 なお、悪意の認定は別途問題となる。

ウ 小括

 以上のとおり、ケースⅠにおいては否認のリスクがある。

(3) 事業廃止後に廃業型私的整理手続を利用する場合

 例えば、以下の時系列を想定した場合(ケースⅡ)、否認の問題はどのように生じるか。

  ・買掛金等の商取引等債務を弁済する。

  ・取引先に対し廃業通知を送付する。

  ・その翌日、対象債権者に対し一時停止通知を行う。

  ・弁済計画が不成立となり、廃業型私的整理手続が頓挫する。

  ・破産手続開始の申立てを行う。

ア 支払不能要件

 まず問題となるのは、支払不能の時点がいつと判断されるかである。廃業通知が「支払停止」に該当すると認められた場合、その時点で支払不能と推定される。また、中小企業者が慢性的な赤字に陥っている場合、廃業通知の前の時点から支払不能と認定される可能性もある。

 なお、ケースⅠとの相違点としては、支払停止時点の柔軟性が挙げられる。ケースⅠでは、商取引等債務の弁済を実施するか否か、またその時期を調整する余地がある。一方、ケースⅡでは、手続開始前に廃業通知を行っているため、支払停止時点の設定が難しく、また、対象債権者から事前同意を得ることも難しくなる。

イ 悪意要件 

 基本的には、(2)の事業継続中の場合と同様であるが、廃業及びそれに伴う手続を経ている点が異なる。特に、役員報酬や労働債務の支払については、相対的に悪意要件が認められやすい。

ウ 小括

 以上のとおり、ケースⅡにおいても否認されるリスクが存在する。

(4) 考察

 (2)及び(3)のとおり、廃業型の商取引等債務の弁済については、否認のリスクを完全に排除することはできない。とすると、この点は廃業型の利用をためらう要因になりうる。しかし、GLの私的整理手続の制度趣旨を考えれば、利用を控えることが必ずしも適切とは言えない。

 そもそも、GLは、早期の事業廃止を促すとともに、廃業型私的整理手続においては、連鎖倒産防止の観点での対応も求めている[xiv]。一方で、弁済計画が成立しない可能性も想定している[xv]。また、主要債権者が一時停止通知に同意した場合、それは商取引等債務の弁済についても黙示の同意であると解釈する余地もある。こうした点を考慮すれば、仮に廃業型の手続が成立しなかったとしても、弁済計画成立を前提とした一連の商取引等債務の弁済には、否認の一般要件である有害性又は不当性がないと捉え、一律に否認の対象としないとの見方は成り立ちうる。円滑な廃業による換価価値の向上も、この見方の根拠となりうる。

 他方で、準則に則った対応自体は、法の適用を免れる結果を導くものではないことや、主要債権者が黙示の同意をしたとみなすのは過度な評価であること等を理由に、否認規定の適用は一律に否定されるべきではなく、個々の事案に応じて否認要件の充足性を検討すべきとの考え方もありえよう。この場合は、否認の一般要件が満たされるか、支払不能や悪意の認定が可能かといった点が、別途議論の焦点となる。

5 実務的対応の検討

 以上を前提に、実務上どのように対応すればよいか。

 まずは、対象となる中小企業者が、金融債務以外に税金や社会保険を滞納し、その解消の見通しが立たない場合には、廃業型私的整理手続の利用を控える方向になる。次に、資金繰りの逼迫が顕在化する前に、スポンサーを探索し、事業譲渡等を成立させることで、事業継続の可能性が見込まれる場合、再生型私的整理手続を利用する方向となる。一方、事業継続の見通しが立たなければ、廃業型私的整理手続又は破産手続の選択が現実的な対応となる。

 廃業型私的整理手続を利用する場合、商取引等債務の弁済が財団増殖に寄与するときには、弁済の実施を前向きに検討し得る。例えば、事業の特性上、買掛金の支払いが売上増加や債権回収の促進につながる場合である。加えて、事業継続中においては、対象債権者に対し、商取引等債務の弁済を予定している旨を通知し、異議がある場合には申し出を求めることで、慎重な対応を取ることができる[xvi]

 また、経済合理性要件についても、事前に十分な検討を行うことが求められる。事業継続中の会社において、例えば、ブランド衣服等の販売のためにライセンス契約が必要な場合、破産手続に移行すると当該契約が解除され、在庫処分が困難となる。これに対し、私的整理手続を活用すれば、在庫処分の手段としてセールを実施できる可能性があり、この点は経済合理性要件を満たす要素となる。他方で、既に事業を廃止した後においては、破産手続と比較した場合に経済合理性を見出すことが難しい場合も考えられるため、慎重な判断が求められる[xvii]。なお、実務上は、主要債権者への申し出や廃業型の開始直後に事業を停止している事案が多いとの指摘があり、具体的対応においては、否認可能性や経済合理性だけではなく、資金の流出防止などを含めた事案の全体的分析が重要である。

 今後の実務においては、 具体的な事例の蓄積を通じて、より適切な対応策が検討されることが望まれる。


[i] 金融庁「「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」の活用実績」(2024年7月5日)(https://www.fsa.go.jp/news/r6/ginkou/20240705-3/01.pdf、2025年2月14日最終閲覧)。

[ii] 廃業型では、事業存続を前提とする再生型と異なり、事業を廃止することになる。そのため、リース契約は継続が不要となり、リース債務も対象となる。

[iii] 小林信明・中井康之編『中小企業の事業再生等に関するガイドラインのすべて』233頁(商事法務、2023)。

[iv] 三枝知央「私的整理が先行している場合の破産手続」事再177号139頁において、取引債務の弁済と否認の関係について言及がある。

[v] 主要債権者は、「対象債権者のうち、債務者に対する金融債権額が上位のシェアを占める債権者(金融債権額のシェアが最上位の対象債権者から順番に、そのシェアの合計額が50%以上に達するまで積み上げた際の、単独又は複数の対象債権者をいい、廃業型ではリース債権額も金融債権額に含まれる。)」をいう(GL第3部2)。

[vi] 参考書式は、一般社団法人全国銀行協会の「「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」とは」(https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/sme-guideline/、2025年2月8日最終閲覧)に掲載。

[vii] 対象債権者は、「原則として、銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、農業協同組合、漁業協同組合、政府系金融機関、信用保証協会(代位弁済を実行し、求償権が発生している場合。保証会社を含む。)、サービサー等(銀行等からの債権の譲渡を受けているサービサー等)及び貸金業者を指すものとする。但し、第三部に定める手続に基づく私的整理を行う上で必要なときは、その他の債権者を含む。」とされ(GL第一部3)、廃業型私的整理手続においては、銀行等に加え、リース債権者も対象債権者に含まれる(GL第三部1(1))。

[viii] GL第三部5(3)①ハ。

[ix] 廃業型私的整理手続では、外部専門家である代理人弁護士が預金等を管理することになるが、弁済計画の履行として、金融機関に弁済を行う際、振込名義を会社名又は代理人であることを明示した形で振り込む。

[x] GLQ&A83。

[xi] アンダーソン・毛利・友常法律事務所事業再生・倒産プラクティスグループ『ケースでわかる 実践「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」』130-145頁(2022、中央経済社)(以下「倒プラ本」)には、廃業型私的整理手続の想定事例が掲載されている。

[xii] GLQ&A85。

[xiii] 近時、支払不能を分析した論稿として、飯尾拓「否認権行使における支払不能の認定に関する裁判例等の検討」(1)、同(2)、同(3)、同(4)(事再179号152頁、同180号146頁、同181号148頁、同182号124頁)等。

[xiv] GL第一部1、同第三部5(3)①ニ等参照。

[xv] GL第二部3(2)参照。

[xvi] 水原・石川「新型コロナウイルスの影響で入り上げが大きく減少した飲食業の会社を事業再生等ガイドラインに基づき廃業した事例」事再184号136頁。

[xvii] 2022年出版の前掲の倒プラ本144頁では、経済合理性の要件の関係で、第三者支援専門家の費用補助制度に若干の言及がされているが、2023年5月頃の協議会の内部で、補助金を経済合理性算出の基礎に入れてはならないとの運用になったとも言われており、事業停止済みの場合、基礎事情として何を考慮してよいのかは事案の蓄積が必要と思われる。特に、廃業型のメリットとして、法人破産に抵抗感を示す経営者が多い中、金融機関が、任意の廃業手段として提案しやすく、早期の廃業により債権者の回収額が増加する点があげられ、こういった点も織り込むことができないか議論を待ちたい。

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